大竹昭子のカタリココ

朗読イベント〈カタリココ〉&トークイベントのお知らせと「日々雑記」

おしらせ&雑記

第15回「ことばのポトラック」は写真家の志賀理江子さんをお迎えいたします!

螺旋海岸作品2_convert_20180213165421
東日本大震災の2週間後にはじまった「ことばのポトラック」は今年で7年目にはいります。これまでさまざまなジャンルのゲストに登壇いただきましたが、今回ははじめて東北沿岸で大震災を直接体験された方をお迎えいたします。

写真家の志賀理江子さんは1999年ロンドンに留学、卒業後、各地でレジデンス制作をしたのち、名取市北釜の海辺の松林に魅了され、帰国を決めてそこにアトリエを構えました。地域のカメラマンとして記録活動し、制作をはじめた途上で、東日本大震災に遭い、多くのものを失います。

わたしは震災の翌年、仙台メディアテークで彼女の写真展「螺旋海岸」を見て、翌日にはバスで仙台空港に行き、そこから北釜の集落があった場所に歩いて行きました。民家はむろんのこと、彼女が魅了されたという松林も根こそぎなくなり、以前がどのような風景だったのか想像すらできない状態で、改めて彼女の命が失われずにいまあることの奇跡を想ったのです。

7年の時間がたったいまだから話せることがある、と志賀さんは言います。震災と暮らし、写真と記憶、制作することと生きることなど、すべてが複雑に折り重なっている彼女の現在。かたや、震災の記憶が薄れつつあるのを感じつつ大きなものに巻き込まれていきているわたしたちの日常。それをわかりやすい言葉でくくるのではなく、互いの経験をすり合わせながら、自分のいる現在をたしかめたいと思います。会場のみなさんの声も聞きたいと志賀さんは言います。対話をとおして言葉が生まれる瞬間にぜひ立ちあってください。

以下で予告編が見られます。元パチンコ店だった巨大な建物のなかにキャスター付きの小部屋が設えられており、そのなかでお話を伺いました。部屋の外は屋外と同じ寒さでした!

https://youtu.be/z7DAl4aH83g

<大震災から今まで、言葉になること、ならないこと>
ゲスト 志賀理江子(写真家)
司会進行 堀江敏幸&大竹昭子

日時:2018.3.11(日) 13時半開場、14時開演
会場:サラヴァ東京
参加費:2000円(お茶付き)

◎予約受付中 電話 03-6427-8886(受付時間:お店の休業日を除く 16:00 ~19:00 )
WEB http://l-amusee.com/saravah/schedule/log/20180311.php

終了後、出演者が推薦する書籍を出版社から提供いただいき、割引価格で販売する「本のポトラック」をおこないます。それらの収益と、入場収入の一部をあわせたものを、今回は「みやぎ民話の会」の活動に寄付いたします。(2018.2.13)

2月の迷走写真館はこの写真です!

4e11f68b-s.jpg草原で足湯とはめずらしいです。
横にはスニーカーが脱がれていて、毛むくじゃらの足がお湯につけられています。
足しか写っていないのに、視線が足から離れて遠くに伸びるような感じがします。
これは気持ちよさそう、という共感があるからかもしれません
ギャラリーときの忘れもの(2018.2.7)

2月3日に宮里綾羽さんとB&Bでトークします!

書影_convert_20180119152442
沖縄によく行っている人でも、栄町市場を知らない人は多いかもしれません。
ここはかつてひめゆり学徒隊の母校である第一高女と高等師範があったところで、戦後、小さな商店が軒を重ね、迷路のような市場ができました。
『本日の栄町市場と、旅する古書店』(ボーダーインク)は、その市場でとても小さな古書店をやっている宮里綾羽さんの初のエッセイ集です。

最初の話は「栄町から須賀敦子のイタリアへ」。
85歳のおばあさんが市場で買い物したついでに、ふらっと店に入ってきて、本を選んでくれといいます。
著者が勧めたのは須賀敦子の『ヴェネツィアの宿』。一週間後におばあさんは、読んだ!とやってきて、また須賀さんの本を買っていき、そして……と、その先は読んでのお楽しみとして、市場にゆきかう人々のユニークさ、おもしろさや、そこで宮里さんがいろんなことを学んでいく過程が語られて行きます。こういう市場のような場所こそが、本当の学校ですよね!

トークショーでは、市場の写真を上映したり、音を流したりして、栄町市場の雰囲気を味わっていただきます。
今年は須賀敦子没後20年で、私はいま3月に出す須賀さんついての本のゲラ読みの真っ最中です。
宮里さんと、須賀さんのことなども話してみたいです。

トークショー 宮里綾羽×大竹昭子「市場と古書店は相性がいい!」
日時:2月3日15時〜 
場所:下北沢B&B http://bookandbeer.com/2018/02/03/
料金:1500円+ワンドリンクオーダー
                                               (2018.1.19)

2018年、今年もよろしくお願いいたします!

賀状テスト
子年はまだ先だというのに、出たがりですみません!
寝てるか、働いているか、どちらかの状態しかないおふたりですが、わたしの2018年も夏までいろんなことが目白押しです。

早いもので、来春は須賀敦子さんが他界して20年。それにあわせて『須賀敦子の旅路 ミラノ、ヴェネツィア、ローマ、そして東京』(文春文庫)を刊行し、同時に2001年に須賀さんの足跡をイタリアに辿ったときの写真で、東京・京都・福岡で写真展&トークショーをいたします。今回の本の改稿と書下しの作業をとおして、ひさしぶりに須賀敦子の人生を振り返りましたが、彼女の生きることへのこだわりの深さに改めて感服いたしました……。さらっとしてちゃダメだな、ときには濃くならなくちゃ、と実感した次第です。

昨年は、『鉄砲百合の射程距離』と『間取りと妄想』の2冊を世に送り出すことができました。
『鉄砲百合の射程距離』は俳人・内田美紗さんの句に、森山大道さんの写真を合わせた大判の写真俳句集で、
わたしは編者の役回りでしたが、長年あたためてきたアイデアを実現できたのは嬉しく、内田さんと森山さんによる「姉弟トーク」をカタリココで開催したのも望外の歓びでした。
また自著の執筆では、自分のなかに埋もれていた「間取り好き」という鉱脈を掘り出し、場を与えることができたのが感慨深かったです。間もなく『間取りと妄想』第2弾にむかって離陸する予定です。

今年の「ことばのポトラック vol.15」は3月11日に開催します。ゲストは写真家の志賀理江子さん。震災を体験してからいままでの間に感じ考えたことを語っていただきます。
12年目にはいる「カタリココ」はただいま仕込み中で、春にはラインナップをご報告できるでしょう。
そしてもうひとつ今年前半で重大なのはドゥマゴ賞の選考委員という仕事。日本のどこかで人知れず「文学」している方を探し出したいと思っています。

という具合に、いろいろなことが頭のなかに渦巻き、つんのめりそうですが、怪我しないようにしっかり歩を進めていきましょう。みなさまにおかれましても、昨年し残したことにとりかかれたり、新しいことに挑めたりと、実りのある一年となりますように祈っています。(2018.1.4)

2017年に書評した本の一覧です。

全20冊。ジャンルはさまざまです。
                               (2017.12.22)
『ひかり埃のきみ』福田尚代(「朝日新聞」1.15)
『ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由』小林せかい著(「週刊新潮」1.26)
『ウインドアイ』ブライアン・エヴンソン著・柴田元幸訳(「朝日新聞」2.5)
『人生を変えてくれたペンギン』トム・ミッチェル著・矢沢聖子訳(『週刊新潮』2.23
『おばちゃんたちのいるところ』松田青子(『朝日新聞』2.26)
『日本の美しい色の鳥』上田恵介監修・大橋弘一解説(『週刊新潮』3.23)
『岩場の上から』黒川創(『朝日新聞』3.27)
『あの頃』武田百合子((『週刊新潮』4.20)
『かわうそ堀怪談見習い』柴崎友香(『すばる』6月号)
『冬の日誌』ポール・オースター著・柴田元幸訳(『週刊新潮』6.1)
『家をせおって歩いた』村上慧(「週刊新潮」6.29)
『森の探偵』宮崎学著・小原真史構成(「週刊新潮」7.27)
『息子が殺人犯になった』スー・クレボルド著・仁木めぐみ訳(「週刊新潮」9.7)
『幻の黒船カレーを追え』水野仁輔(「週刊新潮」10.5)
『写真家三木淳と「ライフ」の時代』須田慎太郎(「京都新聞」10.29他 共同通信配信)
『台湾人の歌舞伎町』稲葉佳子・青池憲司(「週刊新潮」11.2)
『宮城ヨシ子写真集 Frame Out』宮城ヨシ子(「週刊新潮」11.30)
『震美術論』椹木野衣(「日本経済新聞」12.10)
『原民喜童話集/別巻「毬』原民喜(「週刊新潮」12.28)
『光の犬』松家正之(『すばる』18.1月号)

12月の迷走写真館はこの写真です!

ウォーホルなんだか知った顔がふたりいます。ふたりとも、むかって左の方向に視線をやっているのが気になります。タテ位置に撮られていて、テーブルに載っている手前のものがいやに大きく写っているのも奇妙。
かすかにミステリアスな雰囲気がただよっているのに惹かれます……。(2017.12.12)
ときの忘れもの

2017年11月11日、心に染み入った、奈良美智さんとのカタリココ。

IMG_2393_convert_20171120205708.jpg奈良美智さんのインタビューや発言はたくさん活字になっているので、こういう場に出られることは多いかと思っていたら、なんとお客さんを前にトークするのははじめてとのこと。とても貴重な機会でした。カタリココは一年前とかかなり早くに出演依頼をしなければならず、そんな先のことを、といつも申し訳ないといつも思うのですが、奈良さんによれば、前々から言ってくれたから引き受けた、とのことなのです。どういうイベントでどういう人が出ているか、聞き手がどんな人でどんな本を書いているかなどを調べて準備したいからで、3週間前に言われたのではそれができないから嫌だそうなのです。物事を流せない、立ち止まって対したい人なのですね。
IMG_2407_convert_20171120205803.jpg 正直にうちあけると、私は奈良さんの作品と出会えた、と感じたのは実は最近のことです。写真は好きでしたが、絵画については印刷物でしか見ていなかったから、イラストのように感じていました。でも今回、豊田市美術館の展覧会を観て驚いたのです。一言でいうと凝視を求める絵。シンプルなモチーフのなかに込められた時間がじわじわと立ち上がってきて、深海に引き込まれたのです。
そもそも、奈良さんには写真家になろうとか、美術家になろうとかいう気持ちはなく、ただ描いていられる環境が欲しくてドイツに行き、長いことそこに留まっていました。そこではみんなと飲んだり遊んだりする時間をたくさん持ったけど、そういうことが作品に出る人と、出ない人がいる。出てしまうのが自分なのだとわかった、というお話には共感しました。自分を掘るとことが大事なのです。それがドイツの場所だったのでしょう。
奈良さんのに絵は背景が描かれません。その意味でちょっと日本画のようでもありますが、自分は人に見せるために描くのではないと悟ったとき、背景がどんどんと消えて、人物がひとりぽつんといるような絵になったとのこと。日本を離れて、自分と対面する孤独な時間のなかから掘り出されたスタイルだったのです。
奈良さんの絵は、熊谷守一の絵を思わせるところがあります。印刷物で見るとなんということにのに、ホンモノを見るとすごい緊張感。守一も自分の絵に到達するのに長い時間がかかっていますが、西洋絵画と日本画が合体したような、だれにもまねできないおもしろさがあるという意味で、奈良さんは熊谷守一の衣鉢を継いでいると言えるかもしれません。
IMG_2413_convert_20171120205739.jpg 最近は正面から描いているものが多いですが、そこにも彼なりの考えがあります。正面の構図にはそれほどバリエーションがなく、だれもが描きやすい。それを、だれでも使える道具を使って、自分にしかできないものにする、そういう修業をいまの自分はしているのではないか。きっとモチーフが変わらないのもそのためでしょう。
朗読では、郷土弘前の出身で、医者をしながら方言詩を描いた高木恭造の詩を三篇朗読してくれました。意味はほとんどわからなかったですけど、たちまち会場が北国の空気に包まれたのに驚きました。
奈良さんははじめて会うのに「懐かしい人」でした。東北訛りのせいか、なにか暖かいものに包まれたような気がしました。「若いときはいつ死んでもいいと思っていたけど、いまは生きたい、少数の顔の見える人たちのために何かをしたい」という彼の言葉が心のなかに残響しています。(2017.11.21)

心に染み入った、奈良美智さんとのカタリココ。

IMG_2393_convert_20171120205708.jpg奈良美智さんのインタビューや発言はたくさん活字になっているので、こういう場に出られることは多いかと思っていたら、なんとお客さんを前にトークするのははじめてとのこと。とても貴重な機会でした。カタリココは一年前とかかなり早くに出演依頼をしなければならず、そんな先のことを、といつも申し訳ないといつも思うのですが、奈良さんによれば、前々から言ってくれたから引き受けた、とのことなのです。どういうイベントでどういう人が出ているか、聞き手がどんな人でどんな本を書いているかなどを調べて準備したいからで、3週間前に言われたのではそれができないから嫌だそうなのです。物事を流せない、立ち止まって対したい人なのですね。
IMG_2407_convert_20171120205803.jpg 正直にうちあけると、私は奈良さんの作品と出会えた、と感じたのは実は最近のことです。写真は好きでしたが、絵画については印刷物でしか見ていなかったから、イラストのように感じていました。でも今回、豊田市美術館の展覧会を観て驚いたのです。一言でいうと凝視を求める絵。シンプルなモチーフのなかに込められた時間がじわじわと立ち上がってきて、深海に引き込まれたのです。
そもそも、奈良さんには写真家になろうとか、美術家になろうとかいう気持ちはなく、ただ描いていられる環境が欲しくてドイツに行き、長いことそこに留まっていました。そこではみんなと飲んだり遊んだりする時間をたくさん持ったけど、そういうことが作品に出る人と、出ない人がいる。出てしまうのが自分なのだとわかった、というお話には共感しました。自分を掘るとことが大事なのです。それがドイツの場所だったのでしょう。
奈良さんのに絵は背景が描かれません。その意味でちょっと日本画のようでもありますが、自分は人に見せるために描くのではないと悟ったとき、背景がどんどんと消えて、人物がひとりぽつんといるような絵になったとのこと。日本を離れて、自分と対面する孤独な時間のなかから掘り出されたスタイルだったのです。
奈良さんの絵は、熊谷守一の絵を思わせるところがあります。印刷物で見るとなんということにのに、ホンモノを見るとすごい緊張感。守一も自分の絵に到達するのに長い時間がかかっていますが、西洋絵画と日本画が合体したような、だれにもまねできないおもしろさがあるという意味で、奈良さんは熊谷守一の衣鉢を継いでいると言えるかもしれません。
IMG_2413_convert_20171120205739.jpg 最近は正面から描いているものが多いですが、そこにも彼なりの考えがあります。正面の構図にはそれほどバリエーションがなく、だれもが描きやすい。それを、だれでも使える道具を使って、自分にしかできないものにする、そういう修業をいまの自分はしているのではないか。きっとモチーフが変わらないのもそのためでしょう。
朗読では、郷土弘前の出身で、医者をしながら方言詩を描いた高木恭造の詩を三篇朗読してくれました。意味はほとんどわからなかったですけど、たちまち会場が北国の空気に包まれたのに驚きました。
奈良さんははじめて会うのに「懐かしい人」でした。東北訛りのせいか、なにか暖かいものに包まれたような気がしました。「若いときはいつ死んでもいいと思っていたけど、いまは生きたい、少数の顔の見える人たちのために何かをしたい」という彼の言葉が心のなかに残響しています。(2017.11.21)

石川竜一の写真展、そしてトークショー!

CF003911FR_セレクトRAW_Saint-Denis_convert_20171116181930デビューから最短距離で木村伊兵衛賞をとり、写真界をあっと言わせた石川竜一。
彼の二度にわたるフランスでのレジデンス制作の成果が発表されます。
沖縄出身の彼は、東京すらほんど来たことがなく、私がはじめて会ったときは、どこかおどおどした様子すら感じられました。
それから時をおかずして、アツコバルーのレジデンスプログラムによりフランスへ。そこで写された写真は、メディアが届けるフランスを大きく逸脱したイメージの数々で、そこに生きる人々の生の実感と都市の手触りを伝えます!
写真展は12月10日まで、渋谷のアツコバルーにて。11月17日夜には石川さんとわたしのトークショーがあります。→アツコバルー(2017.11.17)


11月の迷走写真館がアップされました!

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お姫さまふうで、メルヘンチックなインテリアです。ふたりの服装も、部屋に合わせたかのようにゴテゴテ感満載。
でも、よく見ると部屋の感じが安っぽいような。
カーテンもカーペットも高級とはいいがたく、部屋の入口にレールがあるのも気になります……。
いったいどういう空間なのでしょう。→ギャラリーときの忘れもの(2017.11.1)