10年前に書いたささやかな文章が運んできた出会い

 1998年、新聞で新刊をセレクトしてコメントするコラムを連載していた私は、書店の平台に並んでいた『ブルックリン』という詩集に目を留めてすぐに買い求めました。ふだんは詩集のよい読者とは言えないのに迷わずそうしたのは、よく知っているニューヨークの街がタイトルになっていたこともありますが、写真をあしらった一見何の本かわからないような装幀にとても惹かれたのです。こういう詩集を出す詩人の詩はおもしろいにちがいない……。感は大当たりで、五感をくまなく刺激する活きのいい言葉たちに感動し、原稿は即座に仕上がりました。これが宋敏鍋さんの詩との出会いです。でもご本人を知るのはまだ先です。
?昨秋の小池昌代さんをゲストにおむかえしたカタリココの場で、終了した後残っていらした男性客のおひとりがつかつかと歩み寄って来ました。「宋敏鍋です」。「えっ、宋さんってあの詩人の宋さんですか!」。彼は岐阜在住なのを知ってましたし、まさかカタリココのことをご存じとは思いもよらなかったので驚きました。小池さんのご案内で開催を知り、ぜひあのコラムのお礼を言いたいと足を運んでくださったのでした。
 昨日の宋さんをお迎えしてのカタリココは、この日の出会いによって実現しました。高校時代に英検1級を取得、英語には絶対的自信を持ってニューヨークに乗り込んでいったのに、ブルックリン・イングリッシュにそれを打ち砕かれて自信喪失したこと、それでも手術前の患者さんに言葉で語りかけることで彼らの緊張をやわらげられると知って、あらためて言葉の力を実感し詩作に励んだことなど、興味深いお話が彼の詩と同じリズムと活力をともなってつぎからつぎと飛びだします。アメリカの医者たちは手術をすることを「手術室に行く」と言い、患者に対しても「手術をしますか?」ではなく「手術室に行きますか?」と問うというお話も、「手術室」という詩をより深く味わう助けになりました。10年前に書いたささやかな文章が連れてきてくれた出会いに深く感謝した午後でした。(2010.3.14)