荒木経惟さんの写真について考えていること。

新潮いま発売中の『新潮』に「アラーキー」を寄稿しました。はじめてアラキさんについて書いたのは、1994年、「眼の狩人」を『芸術新潮』で連載していたときです。それから22年たった今年、ふたたびアラキさんについて書きたい、という強い思いが湧いてきたのは、パリのギメ東洋美術館で行われた大規模な展覧会を見たからでした。めったにないほどいい展覧会で、これまでわたしのなかに溜まっていたアラキさんの写真への考えや生き方すべてが、どっと溢れ出しました。
西洋の文脈のなかで鑑賞したことも大きかったように思います。日本の写真家が写真にむかう態度に、欧米の写真家のそれとは異なるものを兼ねてから感じとっていましたが、それを象徴しているのがアラキさんの写真。端的に言うと「写真とはエネルギーのやりとりである」という考えに貫かれて、その根本に生命への讃歌があるのです。(2016.10.14)