希有な機会に恵まれたカタリココ、武田花さんをお迎えして

IMG_1725.jpg武田花さんには、以前からカタリココに出ていただきたいと思っていましたが、トークはお嫌いというウワサだし、ここしばらく写真展も開いていないご様子です。そこで、まずは気楽におしゃべりをしませんかと持ちかけたところ、話だけなら、とご返事がきてお会いしたのは昨年の今頃だったと思います。
そのとき、来年に写真集を出されることがわかり、展示をするのにいいチャンスです、とまずは森岡書店銀座店での写真展開催を取り付けました。それからおもむろにカタリココに話題をむけたのですが、断固とした調子で「それはダメです!」とおっしゃるのでちょっとビビリましたが、これも話しているうちに了承してくださいました。やはり、顔を合わせて話すのは大事です。信頼関係を築く第一歩は顔合わせにあり、と改めて痛感した次第。
この機会を待ち望んでいた方は多かったようで、予約開始してすぐに席が埋まりました。

写真をご覧のように、写真展はカラーが中心。モノクロに親しんでいた方は、これが武田花さんの写真?とびっくりされたかもしれません。天気のいいある日、勇んで撮影に出掛けたところ、急に撮るのが嫌になり、もう写真なんて止めてしまおうとまで思い詰め、家に帰ってまずは寝たそうです。これは猫の教えで、悩んだらまず寝る。そして起きてじっくり考えたところ、写真に飽きたのではなく、カメラにモノクロフィルムを詰めて撮り歩く自分に飽きたのだ、おなじことを繰り返すだけで発展性のない自分がモンダイなのだ、と気づきます。それで心機一転してデジカメを購入。その少し前にカメラ雑誌のインタビューで「デジカメは使わないのですか?」と問われて「興味ないです」と即答したというのに、その舌の根も乾かぬうちにデジカメで撮ることに夢中になった自分に呆れつつも、いまはとにかく色に反応するのが面白くてしょうがない。その高揚感が丸ごと二次元の世界に置き換わったような写真展でした。
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今年に出た写真集『猫光線』は表紙はカラーですし、なかにもカラー写真がたくさん載っています。私はそれをじっくりと拝見したあとに、一冊前の写真集『道端に光線』にもどってみました。「光線」という言葉が同じだなあと思いつつページを捲るうちに、いくつかの写真が色が付いてカラーになって浮かび上がってくるのに気づきました。つまり、このときに花さんはすでに色に反応して撮っていたのですね。つまり、眼はカラーで見ていたのに、フィルムカメラだったからモノクロフィルムに転写されて出てくるしかなく、自分の変化に気づきにくかったのではないでしょうか。デジカメを使ってモニターで確認するようになると、色の魅力が意識化されていきます。

ところで、『猫光線』の表紙写真には前から不思議に思っていたことがあります。真ん中にびっくりした顔の猫が両手を広げて写っているのが、どういうシチュエーションで撮ったのものか、想像がつきませんでした。これはお母さんの武田百合子さんが、飼っていたタマさんを両手で持ち上げたところを撮ったものだそうです。写真には百合子さんの手が写ってますが、友人がそれをエアーブラシで消し、「空飛ぶ猫」になったのでした!

この写真のもうひとつの秘密は猫の額に張られた「光」の文字です。馴染みのある書体のようだけど、なんなのだろうと思っていました。武田家の猫は食事がとても贅沢で、タマさんが食べていたのは一個が十個分に相当するほど値段の張るヨード光卵! それを皿に割ってあげるとき、百合子さんはいつも卵についているシールを猫の額にペタっと張り、猫はそれをつけたまま卵をぺろぺろと舐める、という武田家で習慣化していた儀式を撮った写真なのです。

百合子さんだけでなく、父の泰淳さんの話も出てきました。学校の勉強はできないし、将来の計画もないし、「あの子はバカなんじゃないか」と花さんの行く末に悩んだ泰淳さんが、そのことを友人にぽろっと漏らすと、「それならカメラを買ってやったらどうだ」と助言され、カメラを買うようにとお金をくれたそうです。カメラ屋にいって買ってきたものの当初は興味がわかなかったのが、猫を見てはじめて撮りたいと気持ちが芽生え、それに背中を押されていまにつづく長い道のりがはじまったのでした。
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自然な流れのなかで写真のこと、猫のこと、百合子さんのこと、泰淳さんのことなどが語られていき、ファンにとってはこの上なくしあわせな機会でした。花さんの「野心のなさ」は、ときに周囲を不安にさせたかもしれませんが、そのつど適切な選択を下して人生を前に押し進めてきたように思えます。長年路上で訓練してきた五感の技と猫の教えがそれを支えてきたのでしょう。
(2016.10.9)