2014 年カタリココのトリは藤野可織さん!

IMG_9155.jpeg藤野さんの芥川賞受賞のとき、いろんな対談やインタビューが出たので、それらの内容にかぶらないようにすると、やっぱり写真の話題から入るのがいいな、とタリココに臨みました。
藤野さんが写真をはじめたのは大学時代。絵画部に入りたかったけど、部室の雰囲気が面倒くさそうで、友人が写真部にしたので釣られてはいった、という気軽な動機だったようですが、はじめてみると、失敗した写真がおもしろい、というか、写真に失敗はあるの?と感じてしまったあたりに、すでに藤野さんの小説観が出ています。
 「正確に書きたい」。かつて堀江敏幸さんとの対談で藤野さんはこう語りましたが、それは何に対しての正確さなのか、ということがずっとひっかかってました。小説には、育児をまともにしない人とか、だれとでも気軽に寝る人とか、感情が希薄で意志薄弱な人とか、人の迷惑を顧みない図々しい人とか、社会から批判の的になるような人物が数多く登場します。そうした人々を倫理的な価値判断を加えずに、あるがまま認めて記述すること、それが「正確に書く」ことの本意です。

これは写真にとても近い態度だと感じました。写真は目の前の物事に反応し、受け止めることから出発します。倫理的判断や価値づけはそれを見る人が行うものであり、写真そのものには倫理は写りません。一方、言葉は意味をもっていますから、それを選び連ねていくことには価値や判断が伴い、倫理から自由になるのは容易ではなく、犯罪者を描こうとするなら、犯罪小説というジャンルで書くか、純文学なら主人公の告白にするか、大ざっぱに分けてそうなります。なぜ、そのような規制を受けるのか。これは端的に言うと読者のためです。イヤな奴を書くことで作者は何を言いたいのかを求める社会の都合でしかありません。
IMG_9157_convert_20141130110130.jpeg写真のすごさ、おそろしさは、ものの意味を分解し、世界との距離を変えてしまうところです。藤野さんの小説はよく「ホラー」的だと言われますが、ホラーを書いているわけではなく、写真で物を見るように世界の物象を記述すると、世間一般が「ホラー」と呼ぶものに接近してしまうということなのです。
 いま書いている小説が隘路に入って苦しんでいるそうですが、当然でしょう。詩ではなく散文の言語領域で、しかも物語を放棄せずに因果律を越えるというのは、大変な冒険です。新作を心待ちにしたいと思います。(2014.11.30)

写真上:降臨会のようだが、トークしているところ
写真下:4人の悪魔とともにツーショット。
「いけにえ」が芥川賞候補になったときに、単行本の表紙のためにイシイリョウコさんに悪魔の人形の制作を依頼。できあがった4人のうち、藤野さんが貰い受けた2人を、今回ご持参くださり、イシイさんの手元にあった2人と再会。4人の悪魔は現在、ポポタムに展示中です。

*トーク内容は2月発売の「文学界」3月号に収録されます。
*今回が2014年最後のカタリココで、来年度は2015年6月スタートです。