ケントリッジ、ふたたび。

金曜に行ったウィリアム・ケントリッジ展に、最終日の今日にふたたび行ってしまった。いつまた見られるかわからないし、カタログを読んだらどうしてももう一度見たくなったので。
彼は言う。「私の愛する絵画たちは、私のためのものではない」と。
スラーが描いたセーヌ河のほとりにも工場があったし、ティエポロが天井画を描いた建物の周囲では農民が餓死していた。だが、彼らの絵にはそれは出てこない。
ケントリッジはそれを否定しない。それどころか彼らの絵を見るのは最大の喜びだと言う。だが、自分はそのように絵に向かうのは不可能であると。ケントリッジに深く共感したのはそこだ。自分のなかにある相矛盾したものへの肯定。それを創作によって統合しようとする情熱。
しかも理念だけでなく作品のタッチや美意識が他人とは思えないほど皮膚感覚に合う。10時の開館と同時に入ったが、出たのは13時半。なんと3時間半もいたとは!見ているといろんな想念が浮かびエネルギーが湧いてくる。あなたはまちがってないと励まされる。ケントリッジの作品は「私のためのものだ」。彼にとってのスラーの絵とは逆に。(2010.2.14)