ターナーの素晴らしさ、革新さ。

th.jpegターナー展に行った。混雑を避けて夜8時まで開館していた昨夕に行ったのが正解だった。これまでターナーの絵を真剣に考えたことがなくて、あの、風景画家ね、というくらいの感じだったが、とんでもない。非常におもしろい人だ。

死後に公開された彼の絵が近代絵画とみまごうばかりの抽象性を帯びていたことはよく知られる。果たしてこれは完成品か、いやそんなはずはない、と議論がかまびすしいが、そういう話はどうでもいい。生涯をかけて突き詰めた彼の絵画への探求の結果を、いまの目で見ると「モダニズムのあけぼの」に見える、そういうことなのではないか。

抽象化とはふつう具象的な対象を離れて色や形などの要素のみで絵画表現を探求することをいう。まず形があり、そこから抽象的世界へと離陸するという図式である。だがターナーの絵から感じとれるものは逆だ。まずさきに形のない世界がある。それを凝視しつづけるうちに形が見えてくる。ターナーは形をそのようなものとしてとらえていたのではないか。それは彼が自然と深く親しんでいたことと関係していたのではないか。

いまの私たちは抽象vs具象というように分けて考えすぎる。具象から抽象へと発展したという物の見方に毒されているのだ。だがターナーが見ていたのはそうした区分が明確ではない世界の姿だった。それは虚心坦懐に自然の風景に接するとき、わたしたちも感覚していることなのかもしれない。(2013.11.4)