会田誠さん、ヘラヘラした真剣さ!

ツーショット_convert_20130602080945昨夜、神保町ボヘミアンズ・ギルドで会田誠さんをゲストにお迎えして、2013 年最初のカタリココをおこないました。口ベタでうまくしゃべれないとご著書のなかで言っていらしたので、もし沈黙がつづいたらどうしようと思っていたのですが、まったくの杞憂。最初からご機嫌よく話してくださいました。

わたしが現代美術というものを知ったのは70年代、当時はモノ派など抽象を極めた立体が主でした。言葉を忌避し、タイトルには「無題」とつけ、批判の言葉は「文学的だ!」が常套句。それにつづく80年代の印象はぼんやりしており、90年代になっていきなり村上隆さんを筆頭に会田誠さんらが登場してきたという感じです。そのあいだに何があったのか、ということを会田さんの口から訊いてみたい、今回の目標のひとつはそれでした。

会田さんによれば、80年代のトレンドはビデオ、パフォーマンス、インスタレーションだったと。なるほど、ラフォーレでビル・ビオラのインスタレーションが行われたのは、あのころだったのではないでしょうか?つまりメインストリームはアンチ絵画。もちろん、絵画も存在していましたが、マンガのキャラクターをモチーフにしようものなら、これは絵画ではないという批判が飛ぶような状況。絵画の形式性を究めることこそが美術家の仕事とみなされていたわけです。

それが変化したきっかけは? 新世代の感覚を救い上げるギャラリストの登場ですかね。

そんな流れがざっと語られたわけですが、肝心なのはその先です。
新しいトレンドに合わせてマイナーチェンジをしながら制作していけば、作品のイメージがはっきりして、わかりやすい。とくに海外で人気をあげるにはそうするのがよい。でもそんなみえみえのことってできないなあ、第一不自然だ、というのが会田さんなわけです。10代で聴いたビートルズの「ホワイト・アルバム」の影響が大きいといいます。あの、なんでもアリのラインナップ。美術がああじゃいけないか。緻密な絵画あり、ヘタウマふうあり、立体あり、映像ありの「会田誠」の誕生です。

つい先日行ってきた香港のアートフェアでは、あらゆるタイプの美術作品が一堂に介していたそうで、これでいいと思ったそうです。いろいろなものが生まれてしまうことに真実がある。それをひとつの流れにまとめるのは、ただ商業的に効率がいいからにすぎないわけなのだから。DSC_5034_convert_20130602100846.jpg当たり前のことですが、美術史というのはつくられたものです。リニアに進んできたように美術書には書かれているけど、それは美術史家や評論家が都合よく要素を並べて直線的な文脈をつくったから。しかも現代はそこに激しいコマーシャリズムがかぶさっているために、問題がもっと複雑になってます。

会田さんは、学生時代からリニアな美術史観には疑問をもっていたといいます。中心にあったのは、自分はいったい何者か?という芸術家にとってもっとも重要な問いだったのではないでしょうか。

西洋人は面で攻めるのが旨い。アメリカンコミックを見ていてもそう思う。でも日本人である自分が得意とするのは線の表現、しかも感情移入せずに淡々と描くことだ。そうした発見がいまの彼につながっています。

サラリーマンの死体が山をなしている「灰色の山」が今回の展覧会に展示されていました。ヘラヘラしているのとはちがう、淡々と根気づよく描く「会田誠」が透けてみえる圧倒的な大作です。描いているときは何も考えない。ただひたすら手を動かすのみ。それが自分流だとわかっているとはいえ、とても、とてもつらい時間。ああ、どうしてこんなことを思い付いてしまったのか。後悔、先にたたず。

でも展覧会が終わり、当面はすべきことのない空白状態となったいま、あの時間こそが充実していたように感じてしまう、そういう彼のつぶやきは、痛いほどよくわかりました。ふたりの矛盾した自分を飼っている、それが創作者なのでしょう。

会田さんはエッセイ集2冊と小説1冊を出されており、なかなかの文章家でもあります。数日前に小説『青春と変態』を読みましたが、とてもおもしろく、正直なところ驚きました! そう伝えると彼は、ちょっと古い感じがしませんか?と不安そうに訊いてきました。そう言われてみれば、そんな感じがしないでもない。でも同時に新鮮でもある。古風で新鮮。もしかしたら、この矛盾こそが会田芸術のキモかもしれません。

おもしろかったのは、「絵みたいに文章を書くんですよ」という言葉です。まず思いついたフレーズを、パソコンの画面上にぱらぱらと並べていって、空いたところに言葉を入れていく。主要モチーフを描いて白地を埋めていく絵画の空間感覚です。なるほどなあと思いました。

入口_5038_convert_20130602081143_convert_20130602081236さっきも言ったように、会田さんのしゃべり方はへらへらしてます。そう、昨年の祖父江慎さんを思い出すような、にこにこ、へらへらぶり。でもそうなるのは、答え方がわかっているものについてで、即答できないような問いだと、にわかに表情が変わるのです。うんうんなるような感じ。一生懸命に考えているからでしょう。公正に考えようとすると、いろいろな考えが浮かんできて、その調停をしながら語るので、呻吟になるのです。
名は体を表すといいますが、とても誠実な人柄が実感され、さわやかな気分で帰宅しました。で会田さんのほうは、携帯で呼び出されて若いアーチストの打ち上げに。ここにも彼の誠実さを見る思いがしました。(2013.6.2)
*写真撮影:大越元さん。「ありがとうございました!」