初回の出演者が寄せてくださったメッセージです。

第1回の「ことばのポトラック」に出演してくださった方々は、その後1年間、企画者としても力を貸してくださるなど、「ポトラック」の精神的なバックボーンになってくださいました。3月16日の「ポトラック」で読み上げたみなさんのメッセージをここに記録しておきます。ときどき振り返っては、励ましを得ることでしょう!            *   *   *

                     
震災後、不安のつのる毎日を送っている中、小さな蝋燭の灯をたよりにするように、言葉をよせあいながら、最初のポトラックに参加しました。今生きていることの奇跡を実感しながらの、生きている人の声が沁みました。あれから2年経ち、言葉の蝋燭の灯はたくましく燃え続け、言葉を声にして心につなぎとめる場が続いていることを、とてもうれしく、誇りに思います。よき集まりになりますように!-------東直子       

2011年3月11日のあと、しばらく頭の中がぐるぐるした状態がつづきました。言葉とイメージが渦巻いている、でも同時に、何をいってもどうにも言葉が嘘くさく思える。けれども、とさらに思ったのは、「語ることをやめることをしない」「書くことをやめることをしない」のが大切なのではないかということでした。言葉は人の気分を変えるという大切な役割をもっています。雲のきれめから太陽がさし、雨が降り始め、風が起こり、虹が姿を見せる。そんな気象の変化とまったくおなじ効果を、言葉は言葉だけでもたらすことができるのです。人々が傷つけられたときにこそ、言葉はその緑を濃くし、風にゆれ、きらめく。鳥を呼び、虫を呼び、すべての場所がつねにざわざわと生命にみちていることを思い出させてくれる。ぼくたちが持ち寄ろうとしたのは、ひとりひとりがもつごく小さな生命の熱であり、めざしたのは、その熱がレンズを使ったように集まってふたたび太陽のほうに顔をむけるという、一種のカジュアルな奇跡でした。2年前、われわれはそれを必要としていた。そしていまも明日も、それを必要としています。ポトラックを続けましょう。--------管啓次郎


ことばが壊れ、ことばが見失われ、ことばがわたしたちを見捨てたとき、もう一度、ことばを見つける。それが「ことばのポトラック」。 ここでことばが沸騰することを願っています。-----------佐々木幹郎
 

本日伺えなくてすみません。東日本大震災から二年が過ぎました。きょうサラヴァ東京に集まっておられるのは復興が遅れている事や事態が好転しない事に心を痛めまた被災した方々に心を寄せている方たちだと思います。舞台におられる方も客席におられる方も思いは同じでしょう。「ことばのポトラック」は祈りの場です。被災した方々を救う事はできないけれど祈り続ける事はできます。私も皆様と心をあわせて祈ります。明日は今日より少しでもいい日になりますように。----------平田俊子


何かが終わるかもしれないとの恐怖の思いが満ちている時期に、何かを始めようとしたこと。誕生させようとした意思。その重要さは、いつまでもいつまでも失われることはないと思います。「ポトラックは発進したのだ」という事実の重みは、けっして軽さ(のようなもの)には変えられることはないのだと思います。------------古川日出男

「ことばのポトラックvol.1」は「ことばの力」と「ことばの無力」について突きつけられた問いへの、切羽詰まった、ある応答の形ではなかったか。そのとき多くの人がことばのもつ「声」にあらためて気づき、「声の力」を深く確認したように思う。あれから2年。この時間の意味を考えるために、自分の立っている現在地を探るために、「ことばのポトラックvol.9」をのぞいてみる。-----------くぼたのぞみ


二年前から、ひとの声に耳をすまし、息は詰めず、ことばを手がかりに想像する経験あるいは練習を重ねてきました。この先も、また続けます。------------南映子


白梅やその日をわすれてはならぬ-----------間村俊一


初回から今回まで、何が変わって、何が変わらないままなのか。それは参加者個々の胸の問うべきことでしょう。しかし、解答ではなく「問いに応えるために必要なもの」について考え、声を出しうる場所で声を出そうとする努力は、地道に重ねていきたいと思っています。そのための場として、これからも「ことばのポトラック」はつづいていくはずです。
--------堀江敏幸