写真集に「日本」というタイトルをつける

月曜日の『BOOKS ON JAPAN 1931-197 対外宣伝グラフ誌』を巡る森岡さんとのトーク、最後には日本国内で出された戦後の写真集へと話題が移り、さまざまなイマジネーションを刺激された。こういうのはトークの場ならではの効果だ。

対外宣伝の本には、当然ながら日本というタイトルを冠したものが多かったが、戦後は写真家自らがこのタイトルをつけた作品集を次々と出しているのに気づく。1957年刊行の濱谷浩『裏日本』は日本海側を撮影してまわった写真集。戦前、彼が東方社で『FRONT』に関わっていたことを思うと感慨深いものがある。

67年には東松照明が個人出版で『日本』を出している。この写真集の画期的な点は、雑誌に発表したさまざまなシリーズをまとめて「日本」というタイトルを付けて出していること。岩波写真文庫で名取洋之助のもとで働いていた東松が、戦前の名取の『NIPPON』など仕事を意識しなかったはずはなく、アンチテーゼが込められているようにも思える。

さらに興味をひくのは、この翌年に森山大道が『にっぽん劇場写真帖』を出していることだ。この写真集の特徴は、東松の編集手法をさらにラディカルに押し進めて、発表済みの写真と未発表ものを一緒にし、シリーズの枠をとっぱらってシャッフルして構成している点だ。恋人を撮ったプライベートな写真さえも入れられ、自分をとりまくすべての出来事が日本なのだという感覚が出ている。しかもタイトルに使われているのは「日本」ではなく「にっぽん」。「写真集」ではなく「写真帖」としているところがポップだ。当時森山がもっとも意識していたのは東松照明だが、彼の言う「日本」とはちがうんだぞ、という自己主張がうかがえる。

その後も『山田修二 日本村1968-79』、都築響一『珍日本紀行』、本山周平『日本』などが思い付くが、真剣に調べたらもっとあるだろう。タイトルに「日本」を冠するにはそれなりの覚悟がいると思うが、どのような意識でそう付けたのか、考えてみるのはおもしろい。(2012.12.5)