19日より写真展、そしてトークショーの予約受付は本日から。

NY1980postcardL.jpg実にふしぎな気がしています。3年前には、ニューヨークの写真で展覧会をするという考えは、私のなかにまったくなかったのです。何冊かの単行本に当時の写真をおさめることで気持ちがおさまっていたところが、このように写真展をするに至ったのは、2010年の森岡書店でのカタリココでした。堀江敏幸さんをゲストにお迎えし、同時に彼の写真展をおこなったトークの場で堀江さんが、来年は大竹さんの写真展をして、僕が聞き手になってカタラレココをしましょう、とおっしゃったのです。その言葉を森岡さんがすぽっと受け止め、翌年にそのとおりのことが実現しました。今回のときの忘れものでの写真展は、そこからはじまっています。

 つまりはイモヅル式。前々から実現にむけて計画し準備したのではなく、知らないまにこの手がイモのツルに触れ、たぐり寄せていたわけですが、おもしろいことに、いったん実現にむけて事が進行すると、まるではじめからそうつもりだったように全体のイメージがはっきりと描けました。意識しない間に頭の隅っこでアイデアがゆっくりと発酵していたのでしょう。

ふいに何かが外からやってきたり、意図せずにおこなった何かがイモヅル式に別のものに発展していったりする。自分の意志の外側で起きていることが、事態を変化させる。こういう過程すべてがとても写真のコトに近いにように思えますし、私は物事がこのように展開していくのが好きだから、写真に惹かれもするのでしょう。

昨夜、B&Bでの佐々木中さんとのトークでは、自分がおこなっていることの意味が見えないもどかしさが、小説と写真の似たところだという話が出ました。確かにそう。小説は書いていているあいだ、これが他人にとっておもしろいのかどうかまったく判断がつきませんが、その不安は、自分の身を外側に開くことを求める写真にも存在します。結局、その不安とどこまで付き合いつづけられるかなのだ!というところで佐々木さんと共感しあったのでした。

2年前の森岡書店の写真展は、すでにセレクトされていたカットで構成しましたが、今回は新たにコンタクトシートから選びなおし、小全紙というこれまで試みたことのない大きなサイズで焼いてみました。自分自身、見てみるのがとても楽しみです。
会期は10月19日〜27日まで。初日にはオープニングレセプションが、また24日には福岡伸一さんをお迎えしてのトークショーがあります。トークショーの予約は本日12時に開始しますので、ギャラリーときの忘れものに、メールにてお申し込みください。