さまざまな言語の横断者たちが集った究極の「ことばのポトラック」!

??????????????????????????????_convert_20110705195810大震災後に「ことばのポトラック」を提案したときのことを思い返してみると、マスコミやネット上のことばに翻弄されている自分がいた。とくに原発については何が正しい情報なのかわからず、また知ったところでどう行動すべきなのか見当もつかず、戸惑いを隠せなかった。
 そのときに思ったものである。いまは情報をかき集めて対策をねっている場合ではないと。それよりふつうに生活しつづけるガッツと平常心をもつことだと。それに役立つのはマスコミのことばではなく、個々が発する率直な声なのだと思った。
 7月3日におこなわれた第3回「ことばの橋をわたって」には、母語と日本語のあいだを揺れ動いている在東京の外国人が出演してくださった。震災の体験をふまえて発せられた彼らのことばは、日々、日本語で生きている私には想像できないさまざまなディテールに満ちていた。ふたつの(あるいはそれ以上の)言語を生きている彼らは、日本語のみで暮らしている私たち以上に複雑な心境・状況を生きている。そのことに初めて気づかされた。
 街の随所で「ばんばれ!日本」という標語を見るたびに覚える違和感。顔の見える個人が発すならともかく、行政だか企業だかによって大量印刷されたものに声高にそう呼びかけられることの気色悪さ。
 出演してくださった方々の声は、そうしたお決まりの「日本」の枠を越え、「日本語」という言語も越え、地球の上にのっているこの島に暮らし、ともにその空気を呼吸している者の肉声として胸に響いた。生きる歓びを心から分かち合えたひとときだった。(2011.7.5)