森山大道「津軽」展のおどろき。

R0012345_convert_20101223203252.jpg 先週、終了間近い森山大道の「津軽」展を滑り込みで見たのだが、それ以来、不思議な思いにとらわれつづけている。これらは本当に不調だったあの時期に撮ったものなのだろうか。70年代半くらいから森山は思うように撮れなくなり、自家撞着に陥ってクスリに頼るようになっていた。撮っても撮っても撮れなかった、と当時を回想した彼の言葉が生々しく耳に残っている。
 細江英公の勧めで1974年に初めてニコンサロンで写真展を行った彼は、同じ会場で2度目の写真展を開くために津軽に赴いた。今回の展示作品はそのときに撮られたものが中心だ。ニコンサロンで使ったヴィンテージプリント数点も含まれているが、大方がタカ・イシイギャラリーでの今回の展示のために新たにセレクトしプリントされたものである。つまりこれまでだれの目にも触れてこなかった、30数年前の森山の歩行の軌跡とその眼がとらえたものが、明らかにされていたのだ。
 なんの情報もなくこれらの写真を見たら、苦しみながら撮っていたとは思いもよらないだろう。目に飛び込んできたものにつぎつぎとシャッターを押していく、不調どころか快調な足取りすら感じとれる。不思議でしかたがないと言ったのはこの点なのである。当時の自分について彼は、撮れたものを客観視できなかったから選べなかった、語っている。それはわかるのだ。選ぶ目がなければ写真は存在場所を得られない。写真にとってセレクトは撮ることと同格の意味をもつ。だが、セレクトの作業は撮れていることが前提であり、撮影自体が不調であればセレクトしようがないのだ。
 今回の展示からわかるように、撮影時の森山の調子はまったく悪くないのである。当時の彼を悩ませていた叙情的なカットもあるものの、叙事的なものもかなり多く撮っている。ところが、セレクトの段なってにわかに不調になってめげたらしいのである。これはいったいどういうことだろう。撮影時と暗室時では人格が入れ替わってしまったということなのか。
 想像するに、暗室に入ると自意識が過剰なほどわいてくる状態だったのだろう。その自分をバッシングしようと躍起になるうちに疲弊して、やっぱりだめだ、となる。だが撮影のときはそうではない。自意識がぱかっと外れて別の人格になって歩いている。かなり二重人格的な状態だったのかもしれない。
 今回の写真展を見て「スランプ期」とみなされていた時期に撮ったものをぜんぶ見てみたくなった。森山大道はもとより、人間ぜんたいの奇妙さがあぶり出されてくるだろう。(2010.12.23)