前田司郎さんの「大きな質問」とは?

?昨夜のカタリココは6月のカタリココと雰囲気一変、終始笑いに包まれましたが、思わぬところから飛んでくる前田さんの質問にハッとなる瞬間が、いくつもありました。はじまって早々に問われたのは「”知っている”ってどういうことですか?」。ふだんよく通る道を「知っている」。家族のことを「わかっている」。「知る」「わかる」を突き詰めると、たしかに謎の領域に踏み込んでいきます。
「現実」のほうがぜったいにすごくて、芝居はそれは超えられない。でも芝居で別の角度から現実を見るきっかけを、与えることはできるかもしれない、という言葉にも納得。前田さんの芝居を観たとき、私は「写真のようだな」と直感したんですけど、理由はそれだったんだなと。写真は私たちを取り巻く現実を相手にするメディアですが、彼もまた現実を受容することを演劇の根本に据えてます。言葉に置き換えられるようなメッセージを主張するのはなく、言葉以前の状態を舞台上に再現するわけで、写真行為に近いことを肉体でやっていると言えます。
?そして最後の最後に前田さんから発せられた「大きな質問」。これが意外でした。
「大竹さんにとって幸せって何ですか」。
思わず「そんな考えたこともない」と答えたら、「じゃなんで生きてるんですか?」。彼がこういう問いを発した背後には、願いが叶ったら心の平安が得られて幸せを感じるかと思ったら、そうではなくて、逆にその平安を壊したくなる。そんな心の動きを、創作をつづけるうちに意識していったためらしい。
一言でいえば、「表現の衝動」と「人間の幸せ」はつり合わない、自分だけならまだしも、他人を不幸に巻き込んでしまうことがあるので困ったなと。人間として、まっとうな問い掛けだと思います。でも私は、幸せになるためや、心の平安を得るために生きているのではなくて。生の不安というのは常に感じているけど、表現行為はそれを忘れさせてくれるからのめり込むんです。カッコよすぎる? かもしれない。でもそれが実感かな。
前田さんは自問自答の人、物事を公正に見ようとする人。彼の小説の新しさは、それを正直に、率直に描きだす、自然体ふうだけどその実よく考えぬかれているスタイルにあると思いました。(2010.7.4)