たんこぶだらけの田端、地勢の魅力と閑地の驚き

R0010760_convert_20100607160923.jpgこのところ、週末の街歩きは北新宿から中野本町の神田川周辺をうろついていたが、久しぶりに富田均の『東京徘徊』をめくっていたら、田端に出かけてみたくなった。
秋葉原から山手線で行くと、上野、鶯谷あたりから車窓の左手が崖地になってくる。右手は低地で、上野台地の端境に線路が通っているのがよくわかる。だんだんとその崖が高くなり、田端ではそれが頂点に達する感じになる。ホームよりかなり上に改札があるのだ。
田端駅に降り立ったことはほとんどない。前がいつだったか思い出せないほどだが、駅前の雰囲気がぼんやりと抱いていた印象とあまりに隔たっているのに驚いた。ビルが林立し、チェーン店が目立ち、郊外に来たかのよう。中野坂上駅の変容ぶりに似ている。
歩いたのはおもに、動坂下に下りて行く駅前通りの右手で、町名でいうと田端6丁目から2丁目のエリア。地勢にほかのどこともちがう特徴があってめっぽうおもしろい。小さなたんこぶのような起伏が目立ち、それを切り通して道をつけている。駅前通りも、東側と地続きになった台地を強引に割って通しているので陸橋がふたつもかかっている。陸橋のある風景はなぜか心ひかれる。そもそも橋というのが魅力的な上に、それが陸の上にかかっているのだから、起伏の激しさが強調されて忘れがたい風景が生まれるのである。
八幡神社といういい雰囲気の神社があった。江戸名所図会にも出てくる名所で、そのとなりの東覚寺には、赤紙を全身に貼り付けたぎょっとするような不動尊が立っていた。最初はブーゲンビレアの花かと思ったが、度を越す赤さなので近寄っていくとはがきサイズの赤紙が風にはためいていた。
この寺社の西側は広大な空地になっていた。前に団地か社宅でもあったのか、南向きの斜面で、見晴らしがすばらしくよく、動坂下の家々が眺め渡せる。『日和下駄』の「閑地」のところで永井荷風は、「閑地は元よりその時と場所とを限らず偶然に出来るもの故われわれは市内の如何なる処に如何なる閑地があるかは地面師ならぬ限り予めこを知ることが出来ない。ただその場に通りかかって始めてこれを見るのみである」と書き、散歩の途中に突然の出現するところに閑地の魅力のあることを指摘している。まったくそのとおりだ。道の先にこの風景を見つけたとき、驚きのあまり、思わずあっと声をあげそうになった。
今後どんな建物が建つかしらないし、大方駅前にある墓石のようなビルでうんざりさせられるにちがいないが、ほんのいっときあらわになった眼前の風景には、地勢を明らかにしつつ、無限の時空に引き込んでいくような魅力が感じられて陶然となった。さっそくカメラを取り出しファインダーを覗いてみると、ポンペイの遺跡を見ているようで、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなった。(2010.6.5)