淀橋の路地を歩く。「虚構の夜」に引き込まれる。

R0010664_convert_20100523074038.jpg街を歩ける週末がやってきた。都心の地形を歩行によってからだに刻みつけてゆくのは、何よりも高揚するひとときである。最近、夢中になっているのは北新宿や西新宿の界隈、かつて「柏木」「淀橋」と呼ばれた神田川の流域だ。土地の起伏が細かく複雑で、小さな建て売り住宅があるかと思えば、南側の崖地には屋敷然とした家が残っており、寺や淫祠も目立つ。宅地のあいだにいきなり商店街が現われることもあるが、これは昔の街道の名残だろう。曲がりくねった細道は、神田川に流れ込んでいた支流が暗渠になったものと想像できる。とくに西新宿五丁目界隈に錯綜する路地は、川どころかドブの流れる溝を道に仕立てたような様子で、もとは相当に湿地帯だったのがわかる。人ひとりがようやく通れるほどの細さの道を、猫になったような気持ちで歩いていく。
午後6時過ぎをすぎて闇が降り日中とはものの見え方が変わってくると、意識がますます冴えて研ぎ澄まされてくる。谷底を這う路地のむこうに西新宿の高層ビルの明かりがまたたいている。目に入るものすべてが新鮮で、シャッターを切る回数が増えてくる。デジカメは光がかせげるので少々の暗さでも押せるし、なによりもモニターをのぞいたとたんに別の光景がそこにあるような驚きをもたらす。肉眼で見るよりずっと明るいのだ。
最初はやや戸惑うが、押す回数が増えるうちにデジカメが生みだす「虚構の夜」に引き込まれていく。写真家の十文字美信さんが「学生の課題に夜の街を撮ったものがやたらに多い」と言っていらしたのを思い出す。イージーすぎるというニュアンスだったが、自分で撮ってみるとよくわかる。これまで見たことのない、芝居の書割りのようなシュールな情感があり、しかも撮ってすぐに見られるから気持ちがどんどんドライブされていくのだ。空腹でたまらなかったのに、途中からはそれも忘れてしまい、異界をさまよっているような興奮がわきおこってきた。