詩人・川田絢音が発する恒星のようなひかり

R0010591_convert_20100522090544.jpg存在を知ったのは2年前、詩そのものに接したのも去年の秋、とごく最近である。最初のときは出ているはずの現代詩文庫『川田絢音集』が書店で見つからずにそのままになり、昨秋の小池昌代さんがゲストのカタリココのときに、彼女の編纂した『通勤電車で読む詩集』でその人の詩に出会いとても驚いた。すぐに現代詩文庫を求めに書店に走り、それでも足りなくて絶版になっている詩集を古書で探した。そんなふうにして詩に特別深い関心があると言えないわたしのなかに、川田絢音が入ってきた。

5月15日のカフェ・カタリココでは、イタリアを手がかりにして川田絢音と須賀敦子の作品を朗読した。須賀は1971年に日本に引き揚げるまで、イタリア人と結婚して彼の地に暮らした。川田が行ったのは1969年だから、須賀と少し重なっている。川田はいまもイタリアに滞在しているはずだが、そうなったきっかけというのが過激で、美術を巡るツアーで行ったら気に入り、帰国せずにそのままとどまったというのである。日本ですでに『空の時間』という詩集を出して大きな反響を得ていたが、注文されて書くのは自分の道ではないと感じていた、祖母や母が趣味人で家庭のなかにディレッタント的な雰囲気があるのがまどろっこしかった、などと現代詩文庫のインタビューで答えている。「自分はなにかするなら本気でしようと思いました」と。作品の一篇一篇には、そんな鋭さをもった彼女が「本気でしよう」と決意した対象がほかならぬ詩であったことがストレートに出ていて深く胸をつかれるのだ。
須賀はカトリック左派のつくったコルシア書店の活動に加わった日々のことを『コルシア書店の仲間たち』で書いたが、その最後に「若き日に思い描いたコルシア・ディ・セルヴィ書店を徐々に失うことによって、私たちはすこしずつ、孤独が、かつて私たちを恐れさせたような荒野でないことを知ったように思う」という印象的な言葉がある。川田絢音は生まれながらにして孤独に惹かれる人なのかもしれない。孤独の時間は経験や体験を濾過し、世界とのあいだの夾雑物が消えてひとつになる感覚をもたらす。それこそが、彼女にとって生の実感につつまれるときであり、詩が生まれるときなのだ。
どんな詩が出来てくるかもわからない、何も出来ないかもしれない。「詩をさぐることが自分が半歩歩むことをさぐるわけで、ただ詩という形を求めることでその半歩を歩めるように思うのです」。
そんな彼女にとって「現実」とはどんなものなのか、2007年に出た『それは 消える字』のなかの「カサブランカ」という詩には、それがあらわされていて感動的だ。                     

 
カサブランカ


というファックス屋で


いま送ったのが詩というと


店のモロッコ人の眼がおののいて光った


詩の影を見て 


人の思いが圧縮される 


夏の列車で国を脱出してきたばかりの人に


詩を書いていると告げた時 


こわばった頬がゆるみ 


重い口で


詩はアルバニア語でもpoeziaと教えられた


詩と言うだけで


激情のように


なにかを破る


読まれていないのに


詩が 


伝わることがあって


手に入れることのできない現実のものを


獲たような思いがした

 

(2010.5.22)