大竹昭子のカタリココ

朗読イベント〈カタリココ〉&トークイベントのお知らせと「日々雑記」

おしらせ&雑記

2016年11月16日、柴田元幸さんとカタリココの初心にかえって朗読の話を。

shibata_w6002.jpgカタリココは「トークと朗読の夕べ」と謳っていますが、朗読について語り合った回はあまりなかったような気がします。多和田葉子さんが、「論文でも朗読に耐えるものじゃないとだめだ」とおっしゃっていたのを思いだすくらいでしょうか。

そもそもカタリココを思いついたのは、ドイツで朗読が盛んなことを知り、東京でもやってみようと思ったのがはじまりで、多和田さんにお越しいただいたときもドイツの状況を話していただきましたが、9年間つづけるうちにカタリココが朗読イベントしてはじまったことを忘れかけていました。
10周年のトリを柴田元幸さんに務めていただいたのは、そんなことが頭にあったからです。

柴田さんにはすぐれた翻訳者としての顔がありますが、それだけではなく、CDブック『ナイン・インタビューズ』では欧米の作家にインタビューしてその「声」を集め、トークイベントでは自ら朗読をし、古川日出男さんの朗読劇「銀河鉄道の夜」に出演して活躍するなど、「声」に高い関心を寄せてきました。

欧米の作家はよく、自分の「声」を見つける、という言い方をします。『ナイン・インタビューズ』でも、カズオ・イシグロが、自分の「声」を見つけなければならないと若いころ仲間と言い合ったものだ、でも、「声」が見つかってもそれでずっといけるわけではない、常に新しい「声」を見つけださなければならない、と語ってます。この「声」は日本語だと「文体」に当たるのでしょうが、英語の「文体」には「style」という別の言葉があります。つまり、私たちが「文体」と総称しているもののなかに彼らは「voice」と表現せずにはいられない要素を見いだしているのです。
なぜ「声」なのでしょう。

ひとつは英語の文章が基本的にリーディング・スクリプトだからだ、というお話にうなずきました。欧米の作家は「ちょっと声にだして読んでください」と頼むと、ためらわずにすぐに読むそうですが、たしかに単語をそのまま発音していけば読めます。音読の必然性が高い言語なのです。それに対して日本語の文章は、漢字の読みとか、息継ぎの箇所などの問題があって練習が必要で、声にするのにワンステップあります。

それには、明治以降の文学の「文体」も関係したようです。それらは翻訳文学をお手本にしてつくられてきましたが、「翻訳調」という表現がネガティブな意味で使われてきたように、翻訳文学は言葉遣いが固いというのが相場でした。それが近代の日本文学にも影響し、声にだして読む江戸時代の浄瑠璃のような文学は廃れ、黙読が主流となって言葉の「声」の側面が失われてきたのです。

ここ数年、以前に比べると朗読が盛んになっています。そこには柴田さんの貢献もあるわけですが、「僕も大きな流れのなかのひとりなのです」と彼は述べます。村上春樹さんをはじめとして、音を意識する翻訳者が登場して翻訳文学の文体が変わってきたこと、それに影響されて若い作家の文章が変化したこと、また川上未映子さん、町田康さん、中原昌也さんなど、音楽から小説のほうに入ってきた作家が増えたことなど、言葉の「声」の側面が意識されるようになるつれて、柴田さんの活動も加速されてきたのでした。
「もういまの作家は文体がどうしたとか言わないでしょう?」と柴田さん。
「たしかに。そのうちに日本の小説家も、声が決まらなくて書き出せなかった、なんて言うようになるかもしれないですね」と私。

柴田さんが米文学を選んだのは、米文学を教えている先生がすばらしかったからで、たまたまだそうです。ということは、ここよりよい世界がどこかにあると信じるアメリカ的価値観に惹かれたのではないのですね、と問うと、はっきりと「そうではないです」。日本に生まれて、日本人の親に育てられたことはゆるがないし、自分の場所はここだし、積極的に動きたいとも思わない、「そういう意味ではアメリカ文学はよそ事です」ということばを聞いて、自分が柴田さんを信頼しているわけが腑に落ちました。

つまり、自由と民主主義を信じて理想を求めるアメリカ的価値の啓蒙者ではない、ということです。彼の献身は、作家の「声」を聞き取り日本語にするという翻訳事業に向けられているのであり、その情熱とエネルギーが半端ではないところが、すばらしいのです!10周年の節目に、朗読について、「声」について、翻訳について深く語り合うことができ、初心にもどれたような気がしました。気持ちを新たに、来春から11年目に入ります。(2016.11.24)

2016年最後のカタリココは柴田元幸さんと、初心にかえって朗読の話を。

shibata_w6002.jpgカタリココは「トークと朗読の夕べ」と謳っていますが、朗読について語り合った回はあまりなかったような気がします。多和田葉子さんが、「論文でも朗読に耐えるものじゃないとだめだ」とおっしゃっていたのを思いだすくらいでしょうか。

そもそもカタリココを思いついたのは、ドイツで朗読が盛んなことを知り、東京でもやってみようと思ったのがはじまりで、多和田さんにお越しいただいたときもドイツの状況を話していただきましたが、9年間つづけるうちにカタリココが朗読イベントしてはじまったことを忘れかけていました。
10周年のトリを柴田元幸さんに務めていただいたのは、そんなことが頭にあったからです。

柴田さんにはすぐれた翻訳者としての顔がありますが、それだけではなく、CDブック『ナイン・インタビューズ』では欧米の作家にインタビューしてその「声」を集め、トークイベントでは自ら朗読をし、古川日出男さんの朗読劇「銀河鉄道の夜」に出演して活躍するなど、「声」に高い関心を寄せてきました。

欧米の作家はよく、自分の「声」を見つける、という言い方をします。『ナイン・インタビューズ』でも、カズオ・イシグロが、自分の「声」を見つけなければならないと若いころ仲間と言い合ったものだ、でも、「声」が見つかってもそれでずっといけるわけではない、常に新しい「声」を見つけださなければならない、と語ってます。この「声」は日本語だと「文体」に当たるのでしょうが、英語の「文体」には「style」という別の言葉があります。つまり、私たちが「文体」と総称しているもののなかに彼らは「voice」と表現せずにはいられない要素を見いだしているのです。
なぜ「声」なのでしょう。

ひとつは英語の文章が基本的にリーディング・スクリプトだからだ、というお話にうなずきました。欧米の作家は「ちょっと声にだして読んでください」と頼むと、ためらわずにすぐに読むそうですが、たしかに単語をそのまま発音していけば読めます。音読の必然性が高い言語なのです。それに対して日本語の文章は、漢字の読みとか、息継ぎの箇所などの問題があって練習が必要で、声にするのにワンステップあります。

それには、明治以降の文学の「文体」も関係したようです。それらは翻訳文学をお手本にしてつくられてきましたが、「翻訳調」という表現がネガティブな意味で使われてきたように、翻訳文学は言葉遣いが固いというのが相場でした。それが近代の日本文学にも影響し、声にだして読む江戸時代の浄瑠璃のような文学は廃れ、黙読が主流となって言葉の「声」の側面が失われてきたのです。

ここ数年、以前に比べると朗読が盛んになっています。そこには柴田さんの貢献もあるわけですが、「僕も大きな流れのなかのひとりなのです」と彼は述べます。村上春樹さんをはじめとして、音を意識する翻訳者が登場して翻訳文学の文体が変わってきたこと、それに影響されて若い作家の文章が変化したこと、また川上未映子さん、町田康さん、中原昌也さんなど、音楽から小説のほうに入ってきた作家が増えたことなど、言葉の「声」の側面が意識されるようになるつれて、柴田さんの活動も加速されてきたのでした。
「もういまの作家は文体がどうしたとか言わないでしょう?」と柴田さん。
「たしかに。そのうちに日本の小説家も、声が決まらなくて書き出せなかった、なんて言うようになるかもしれないですね」と私。

柴田さんが米文学を選んだのは、米文学を教えている先生がすばらしかったからで、たまたまだそうです。ということは、ここよりよい世界がどこかにあると信じるアメリカ的価値観に惹かれたのではないのですね、と問うと、はっきりと「そうではないです」。日本に生まれて、日本人の親に育てられたことはゆるがないし、自分の場所はここだし、積極的に動きたいとも思わない、「そういう意味ではアメリカ文学はよそ事です」ということばを聞いて、自分が柴田さんを信頼しているわけが腑に落ちました。

つまり、自由と民主主義を信じて理想を求めるアメリカ的価値の啓蒙者ではない、ということです。彼の献身は、作家の「声」を聞き取り日本語にするという翻訳事業に向けられているのであり、その情熱とエネルギーが半端ではないところが、すばらしいのです!10周年の節目に、朗読について、「声」について、翻訳について深く語り合うことができ、初心にもどれたような気がしました。気持ちを新たに、来春から11年目に入ります。(2016.11.24)