大竹昭子のカタリココ

朗読イベント〈カタリココ〉&トークイベントのお知らせと「日々雑記」

おしらせ&雑記

本と書店について、2013 年最後のカタリココ、盛り上がりました!

no_006_convert_20131208162731.jpg南陀楼綾繁さんと江口宏志さんという顔合わせに、火花が散るかもしれないと期待した方がいたようですが、実はわたしもその一人でした。ちょっとスリルを覚えながら場に臨んだのですけど、ぜんぜんちがいました。おふたりは90年代末に、いまのような新しい古本屋のブームが生まれるころからの知り合いです。つまり本で何か新しいことができそうだと考えた同志なのですね。メディアで通して見ると、そこに対立軸があるように思ってしまうけど、それぞれに自分にあったやり方で活動をしてきた結果、それぞれの個性が際立ってきたというに過ぎない、という当たり前のことに気づかされました。やはり人には会ってみるべきです。

江口さんは、自分は隙間をさがすタイプなのだと言います。すでに何かが起きている場所ではなく、だれもいない場所で動きを起こしたい、それが最初に代官山でユトレヒトを開いた動機でした。いまは表参道に移っていますが、自分は書店の経営ではなく、本でいかに人と人、異ジャンルをつなげるかに興味があると語ります。彼がはじめた東京アートブックフェアはその典型的な例で、今年は世界中から300以上の出版社や個人がブースを開いたそうです。

南陀楼さんの「一箱古本市」は日本全国に広がり、地域おこしのひとつにもなっていますが、当初はそんなことはまったく考えなくて、ただ単に本で遊ぼうという感覚だったとのこと。一箱のなかに自分の本の世界を作り、屋号もつけてそれぞれが小さな古本屋のオーナーになる。なんだかおもしろそう!というので、住んでいる谷中・根津・千駄木界隈で実行しました。これが全国で歓迎されたひとつの理由は、地方の縦割り社会が本を通じて横につながることが出来たからだそうです。これは東京ではなかなか想像のつかない事態です。no_009_convert_20131208162815.jpg
本屋ブームはホンモノなのか?という大テーマもかかげてみましたが、「いや、みんなが語りたがるというのは、絶滅危惧種の兆候ですよ!」という南陀楼さん言葉にガクン! たしかに名画座も喫茶店もそうです。消えていくからそれを惜しむ気持ちが生まれるわけです。どうやら、本屋ブームによって本が売れるようになる、なんてことは期待できそうにありません。それよりも重要なのは、本の底力をもっと意識することでしょう。たとえば同じ媒体物でもCDで場がつくれるかと考えると、むずかしい気がします。本だから、場が作れるのです。内容、形、サイズ、デザインとさまざまな要素が絡まった複雑な物体なのに、気軽に手に取れる。さすが、長い歴史を生きてきただけのことがあります。声に出して朗読すればライブの場をつくれるし、読書会をすればふつうの会話以上に相手を知ることもできそうです。

ネット社会が進行すればするほど人はリアルな場を求めます。生き物ですから、どこかでヴァーチャルなものとのバランスをとろうとするんですね。そういうヒトの心に本はするっと入り込む力があります。トークの現場で感じ取ったみなさんの集中力と熱気は、どんな批評の言葉よりも信頼できると思いました。この熱を手がかりに、来年もまたカタリココを通じて本の文化に光を当てていきます。みなさん、どうぞよろしく。(2013.12.8)

12月の書評空間はアラーキーの『死小説』です。

si shousetuあるとき気がついたら、文芸誌『新潮』に荒木さんが連載をしていました。写真が20ページつづく作品を、「死小説」と題して、小説と同じページに載せていたいたのがとても新鮮でした。
写真小説『死小説』は、アラーキーの写真論であり、同時に小説論でもあります。写真と小説は別ものではないという彼の主張に深く共感しました→書評空間(2013.12.7)

今月の迷走写真館はこの写真です!

宮嶋_convert_20131203130007いよいよ冬の季節に入りました!
そこで今月は冬らしい1点を取り上げました。
寒そうだから暖かい、そんな感じがしませんか? 
4人の出立ち、表情、周囲の風景がひきだすさまざまな想念……。ときの忘れもの