大竹昭子のカタリココ

朗読イベント〈カタリココ〉&トークイベントのお知らせと「日々雑記」

おしらせ&雑記

6月の書評空間はこの本です!

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6月の書評空間をアップしました。6月最後の日になってしまいましたが、月内すべりこみセーフ!
かねてからの宿題だった片岡義男さんの小説について考察しました。
取り上げたのは最新刊『真夜中のセロリの茎』(左右社)です。(2013.6.30)

アートスペース・アツコバルーのグランドオープンは奇才、TAGAMIの絵画展。

exhibition_01_figure.jpg「ことばのポトラック」の会場としておなじみのサラヴァ東京ビルの5階にアートギャラリーアツコバルーがグランドオープンします。アートが美術の文脈に通じた知的エリートのなかでやりとりされる閉じたものであってはならない、もっと社会や人とダイレクトにつながるものでなくてはならない、そういう信念をもって造られたこのギャラリー、靴を脱いであがるユニークな空間。時間をかけて作品と対話する、これまでとちがうアートとの付き合い方が繰り広げられていくでしょう!

企画展の第一弾は、アツコバルーが長年温めていたTAGAMI(田上充克)の絵画展(6/28~7/21)。グラスに顔があってもいいじゃないか!と叫んだのは岡本太郎ですが、TAGAMIAHの「顔景色」シリーズは、暦のうえに顔があってもいいじゃないか! カレンダーの風景写真のうえに人の顔が描かれています。TAGAMIは悩まない、悩むひまがない。描け、描けとうちなる声につつかれて日々手を動かします。ユーモアと毒をあわせもち、鋭い人間観察に貫かれた作品の数々に、ぜひ接してください。7/4には都築響一さんによるトークショーもおこなわれます。(2013.6.28)

平田俊子さんとトークショー、とても楽しみです!

バスしばらく会わないと無性に会いたくなる人、それが平田俊子さんです!一昨年は「カタリココ」で、去年はその番外編の「カタリココ読書会」にて、2年つづいてお話しましたが、私のなかのヒラタトシコ成分がそろそろ切れかかってきました……。ですから彼女の新刊『スバらしきバス』(幻戯書房)についてトークするというお話に、欣喜雀躍。7月13日(土)下北沢のB&Bです。
書くことが思い浮かばないと街をふらふらし、バスにのり、家の近くのホテルに泊まる……。そんなヒラタトシコの奇行に深く共感せずにいられません!今週末は都内のバス旅をして気分を盛り上げようっと!(2013.6.26)

[ことばのポトラックvol.9] の模様がDVDなりました!

hyoshi_convert_20130612135952.jpgura_convert_20130612140103.jpg今年(2013年)の3月16日に開催された「ことばのポトラックvol.9」の映像がDVDになりました。サカタトモヤさんの撮影・編集による力作で、限定30部です。
8名の出演者が朗読したのは、どれもこの日のために書き下ろされた作品。マイクにむかうその姿には緊張感があり、ファン必見です!
また休憩時間にわたしが初回の出演者からのメッセージを読み上げたのに、だれも聞いてくれないのを見かねて、佐々木中さんが助けてくださったシーンなどはライブ感たっぷりです。
最初の緊張が徐々に溶けて会場が一つになっていくさまに、きっとあたたかなものを感じていただけるでしょう。
ご希望の方はメール(kotobanopotoluck@gmail.com)にてお申し込みください。送料込みで1枚700円。また直接サラヴァでお買い求めになれば500円です。その際は現品があるかどうか、あらかじめサラヴァ東京に電話でご確認のうえ、お越しください(30-6427-8886 担当/倉本)。(2013.6.14)

<収録内容>
プロローグ:開演前風景
第1部:小林エリカ・江口研一・大野更紗・藤谷治
休憩時間:佐々木中&大竹昭子
第2部:桜井鈴茂・佐々木中・仲俣暁生・大竹昭子
エピローグ:打上げ風景


「ことばのポトラックvol.10」で集まった寄付金をご報告します!

寄贈シーン_convert_20130612195500先日の日曜日のポトラックでは、入場収入からは46.000円、ほぼ完売した「本のポトラック」からは85.200円、合計131.200円が集まりました。

今回のポトラックでは新しい試みとして、寄付金の贈呈式をおこないました。寄贈先は大震災後にはじまった『FORTUNE宮城』という復興情報を掲載するフリーペーパーです。仙台から編集長の河崎清美さんがお越しになり、前回3月のポトラックで集まった寄付金をお受け取りくださったあとにスピーチを。復興が進んでも結局、過疎化や生産地の問題に直面せざるを得ない、宮城から日本の未来を考えるという気持ちでやっていきたい、と力強く語りました。
ポトラックが集められるお金はわずかですが、それを人や活動をつなぐ媒介にできたら金額以上のものになるでしょう。その意味で、観客にじかに語りかけていただけたのは大正解でした!
『FORTUNE宮城』は前号までは赤い羽共同募金から資金援助を得ていましたが、今後は自前で資金繰りをしなければならず、いまサポーターを求めています。ぜひ『FORTUNE宮城』のHPをご覧になってみてください。

恒例となった「本のポトラック」では、14社から出演者の著作とセレクトした本をご提供をいただきました。どちらの版元も二つ返事で快くご承知いただき、とてもありがたく思いました。また販売は新潮社の黒田玲子さんとフリーライターの猿田詠子さんが担当してくださいました!ありがとうございました。
以下に、ご提供いただいた本のタイトルを、出演者ごとに挙げておきます。

◎金平茂紀さん
セレクト
『螺旋海岸』 志賀理江子(赤々舎)
『魂にふれる 大震災と、生きている死者』 若松英輔(トランスビュー)
『あの日からのマンガ』 しりあがり寿(エアンターブレイン)  
『福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと』山本義隆(みすず書房)
自著
『沖縄ワジワジ通信』(七つ森書館)
『二十三時的』(スイッチ・パブリッシング)
『内心『日本は戦争をしたらいい』と思っているあなたへ』共著・角川oneテーマ21(角川書店)
 
◎是枝裕和さん
セレクト
『もうすぐ夏至だ』永田和宏 (白水社) 
自著
『しかし…』( あけび書房)
『歩いても歩いても』(幻冬舎)
『それでもテレビは終わらない』共著(岩波ブックレット) 

◎大竹昭子
セレクト
『気仙川』畠山直哉(河出書房新社)
『チェルノブイリ』フランシスコ・サンチェス、ナターシャ・ブストス、 管 啓次郎(朝日出版社)
自著
『日和下駄とスニーカー』(洋泉社)

フクシマでつながる、フクシマがつながる、陶芸&絵画展!

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先日の「ことばのポトラック」のときにご紹介しましたが、サラヴァ東京のビルの5階にアツコバルーさんがギャラリーを開きました。グランドオープンは6月末。いまさまざまなプレイベントを行ってます。

来週6月18日からは志賀敏広・風夏&Steave Tootell展がオープンします。志賀敏広さんは福島県川内村でずっと作陶をつづけてきました。民家を移築した大きな家には日本各地からのお客さんがやってきて、イベントや展示会がおこなわれ、オープンスペースのようなにぎわいでしたが、もちろん大震災後はそういうことはできなくなりました。志賀さん一家もしばらく神奈川に避難、でも娘の風夏さんがどうしても帰りたいと希望し、川内村にもどる選択をしました。

大震災のときに高校生だった風夏さんは、いまこそがんばるときだと発奮し、陶芸作品を作って公募展に応募、賞を総なめしました。その入賞歴が評価されて学費免除となり、いま福島大学美術科で勉学中です。ほかの大学からもオファーがありましたが、彼女が選んだのは福島の大学でした。この地で生きることを決めたのです。ちなみに、風花さんは第1回目の「ことばのポトラック」に来てくれました。古川日出男さんのファンでサインをもらって、うれしそうにしていたのを思いだします。

今回は展覧会には志賀父娘の陶芸作品と、一家の友人で、震災後、さまざまなサポートしてきたイギリス人陶芸家のスティーブン・トゥーテル氏の作品を展示・販売いたします。また、一時帰宅のたびに、だれにも見られることのない花々を不憫に思い敏広さんが描いたスケッチ画や、寄留先で不動の姿に感動して描いた富士の絵などが会場の壁を埋めます。表現する者を強めるのは切実さです。そこから噴出するパワーを全身に浴びてください!

オープニングの18日、19時からトークショーをおこないます。2013年3月のあの日からどのように生き、創ってきたのかを、聞いてみたいと思います。ぜひ、みなさまのご参加をお待ちしています。(2013.6.12)


「志賀敏広・風夏&Steave Tootell」展
会期:2013.6.18(火)〜23(日)(11:00〜20:00)
場所:ATSUKOBAROUH アツコバルー サラヴァ東京のビルの5階(ワンドリンク制¥500)
オープニング・トーク:6.18 19:00〜
志賀敏広・風夏&Steave Tootellとわたしの4人によるトークショーです。

「ことばのポトラック vol.10」、熱気と緊張とスリルの6時間!

畠山さん_convert_20130610135534
またもや記録的な長さでした! 午後1時にはじまり、終了は6時半。昨年、写真家の畠山直哉さんのときと同じくらいの長大なイベントでした。本編は5時に終了したのですが、その後のエピローグ編にも多くの方が残ってくださり、さらに1時間半。テレビは答えではなく、問いかけるメディアなのだということを、それぞれが熱い思いとともに持ち帰ったような気がします。


そもそも、今回のイベントの「テレビに帰れ!」というタイトルは、出演者、金平茂紀さんの提案でした。わたし自身はテレビを見なくなっていますし、テレビについて考えることもないという状態。ですので幕を開けたときは、テレビドキュメントを2本上映するという以外、内容についてはなりゆき任せという状態だったのです。

トークがはじまると、金平さんが「テレビの公共性」ということを言われました。目が覚める思いがしました。テレビが公共のメディアだなんって、すっかり忘れていましたから! 映画を撮りつつテレビの仕事もつづけている是枝裕和さんが、テレビに関わることで閉鎖的な自己が変化したからだ、と語ったのにも目からウロコが落ちました。公共の場をつくり、個をそこに連れ出す。テレビのそもそもの役割はそれだったのです。

あなたは_convert_201306101320171966年制作の「あなたは……」を上映後、奇しくも会場でそれを疑似体験することになりました。番組のなかで行われていたのと同じ質問を、前置きなしに観客におこなってみたのです。インタビュアーが観客席に入ってマイクをむけ、それに答える観客の姿が前のスクリーンに写し出されるという趣向です。


当たった人にとってはまったくいい迷惑!いきなりの質問を浴びせられ、しかも呻吟する姿がスクリーンにさらされたのですから。会場に緊張が走りました。当たったらどうしようという気持ち、答えに窮する人を眺めている居心地の悪さ、場ぜんたいを包み込む耐えがたい空気感……。
 
これぞまさに「公共の場」が生まれる瞬間だったのではないか、と今朝になって気がつきました。わたしたちは居心地の悪さや緊張することへの耐性を失いつつあるのです。だからああいう場にとても緊張します。質問されるのも、それを見るのもいや。出来るなら逃げ出したいわけです。でもインタビューが終わったあと、会場の空気がずっと自由になったのを感じました。なんか一緒にひと仕事したあとのような爽快感。

緊張と衝突を避けるには個室にこもるのがいちばんだから、駅などの公共空間では携帯をにぎりしめている人がほとんどです。でも、そうすることでわたしたちは「公共の場」を作る能力をどんどんと失っていっている……。

かくいうわたしも、濃い人間関係は苦手、衝突は避けたい、社会関係は出来るだけ少なくして自由を確保したい、というタイプです。会社勤めの経験もないから、人間関係にはめっぽう弱いですし。だからこそ、昨日の話題のひとつひとつが身にしみました。公共性が損なわれている時代の病に自分もまた感染しているひとりだと実感したのです。

出演者三人_convert_20130610132705昨日、サラヴァ東京のあの場所で、「公共の場」を作るひとつの実験が行われたのだと思います。金平さん、是枝さん、インタビューに応えた6名の方、そしてイベントに参加くださった観客のみなさん、ありがとうございました。それぞれの持ち場でこの体験が芽を吹きますように。(2013.6.9)



写真上 インタビュワーが会場にいらしていた畠山直哉さんに彼と知らずにマイクをむけました。
写真中 「あなたは……」のワンシーン。生意気な小学生がおとなっぽ口調で答える姿に会場は爆笑。
写真下 イベントを終えて。右から是枝裕和さん、わたし、金平茂紀さん。
撮影:大越元さん。

親近感を抱いたフランシス・アリス展!

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ずっと気になっていた都現美のフランシス・アリス展、第一期は明日で終わりである。でも明日は「ことばのポトラック」があるのでだめ。行くなら今日しかない、と出かけていったが、よかった。想像した以上のよさだった。自分のニューヨーク時代を思い出して高揚した。ストリートから多くのことを学んだあの頃のことを。

フランシス・アリスはアントワープの生まれ、80年代からメキシコシティーに在住し、専門は建築だったが、90年代から現代美術に移行した、などと書いても何の説明にもならない。要するに既存の枠組みを抜け出し、街を舞台にして独自の思考を積み重ねた人。もちろん、考えるだけでなく実践もしたわけで、そのアクションの結果を映像作品で見ることができる。

都市のなかにも「自然」なるものを見いだす視点、意味に回収できない行為をしつこくおこなう点、実験的であること、行為の実践のためにさまざまなメディアを縦断するところなどに深い共感を覚えた。思考の過程を重視すれば、ジャンルを超えて全体性にむかわざるを得ないのだ。彼は机の上で考えるより(それもするだろうが)、街を歩くことを重視するが、その孤独な作業からすべてのアイデアが生まれていることにも、親近感を抱いた。

近年は数百人の参加者をともなった大プロジェクトが増えているようだが、個人の無名性に依拠した初期のプロジェクトのほうがはるかに魅力的に思えたのは、わたしが文学の側にいるからかもしれない。ひとりのプランに従って大勢の人間が同一の行為に及ぶところに、ファシズムのにおいがちょっとする。社会的な影響力は強く、教育的効果があるのもわかるが、やはり氷の塊が溶けきるまで街中を押してまわるような無意味で無謀な作業のほうに、詩的な輝きを感じてしまう。孤独というものを、それほどまでに信頼しているということだ。(2013.6.8)

7月のカタリココ、予約がはじまりました!

7月5日のカタリココは、目白のブックギャラリーポポタムにて、まんが家のしりあがり寿さんをゲストにお招きしておこないます。しりあがりさんが大震災の直後から書かれた『あの日からのまんが』は、震災後に登場したさまざまなジャンルの表現のなかでも、強い印象を与えました。やさしくて、怖くて、鋭くて、まるい。相対する価値の共存しているさまに、しりあがりさんの生きてきた道のりが見えるような気がします。じっくりとお話をきいてみたいと思います。
6月のカタリココは予約開始とともに埋まってしまい、残念な思いをした方が多いと思いますが、今回もその危険大です!ご参加をご希望の方は、さっそくポポタムにお電話ください。予約は電話でのみ受け付けています。電話:03-5952-0144

会田誠さん、ヘラヘラした真剣さ!

ツーショット_convert_20130602080945昨夜、神保町ボヘミアンズ・ギルドで会田誠さんをゲストにお迎えして、2013 年最初のカタリココをおこないました。口ベタでうまくしゃべれないとご著書のなかで言っていらしたので、もし沈黙がつづいたらどうしようと思っていたのですが、まったくの杞憂。最初からご機嫌よく話してくださいました。

わたしが現代美術というものを知ったのは70年代、当時はモノ派など抽象を極めた立体が主でした。言葉を忌避し、タイトルには「無題」とつけ、批判の言葉は「文学的だ!」が常套句。それにつづく80年代の印象はぼんやりしており、90年代になっていきなり村上隆さんを筆頭に会田誠さんらが登場してきたという感じです。そのあいだに何があったのか、ということを会田さんの口から訊いてみたい、今回の目標のひとつはそれでした。

会田さんによれば、80年代のトレンドはビデオ、パフォーマンス、インスタレーションだったと。なるほど、ラフォーレでビル・ビオラのインスタレーションが行われたのは、あのころだったのではないでしょうか?つまりメインストリームはアンチ絵画。もちろん、絵画も存在していましたが、マンガのキャラクターをモチーフにしようものなら、これは絵画ではないという批判が飛ぶような状況。絵画の形式性を究めることこそが美術家の仕事とみなされていたわけです。

それが変化したきっかけは? 新世代の感覚を救い上げるギャラリストの登場ですかね。

そんな流れがざっと語られたわけですが、肝心なのはその先です。
新しいトレンドに合わせてマイナーチェンジをしながら制作していけば、作品のイメージがはっきりして、わかりやすい。とくに海外で人気をあげるにはそうするのがよい。でもそんなみえみえのことってできないなあ、第一不自然だ、というのが会田さんなわけです。10代で聴いたビートルズの「ホワイト・アルバム」の影響が大きいといいます。あの、なんでもアリのラインナップ。美術がああじゃいけないか。緻密な絵画あり、ヘタウマふうあり、立体あり、映像ありの「会田誠」の誕生です。

つい先日行ってきた香港のアートフェアでは、あらゆるタイプの美術作品が一堂に介していたそうで、これでいいと思ったそうです。いろいろなものが生まれてしまうことに真実がある。それをひとつの流れにまとめるのは、ただ商業的に効率がいいからにすぎないわけなのだから。DSC_5034_convert_20130602100846.jpg当たり前のことですが、美術史というのはつくられたものです。リニアに進んできたように美術書には書かれているけど、それは美術史家や評論家が都合よく要素を並べて直線的な文脈をつくったから。しかも現代はそこに激しいコマーシャリズムがかぶさっているために、問題がもっと複雑になってます。

会田さんは、学生時代からリニアな美術史観には疑問をもっていたといいます。中心にあったのは、自分はいったい何者か?という芸術家にとってもっとも重要な問いだったのではないでしょうか。

西洋人は面で攻めるのが旨い。アメリカンコミックを見ていてもそう思う。でも日本人である自分が得意とするのは線の表現、しかも感情移入せずに淡々と描くことだ。そうした発見がいまの彼につながっています。

サラリーマンの死体が山をなしている「灰色の山」が今回の展覧会に展示されていました。ヘラヘラしているのとはちがう、淡々と根気づよく描く「会田誠」が透けてみえる圧倒的な大作です。描いているときは何も考えない。ただひたすら手を動かすのみ。それが自分流だとわかっているとはいえ、とても、とてもつらい時間。ああ、どうしてこんなことを思い付いてしまったのか。後悔、先にたたず。

でも展覧会が終わり、当面はすべきことのない空白状態となったいま、あの時間こそが充実していたように感じてしまう、そういう彼のつぶやきは、痛いほどよくわかりました。ふたりの矛盾した自分を飼っている、それが創作者なのでしょう。

会田さんはエッセイ集2冊と小説1冊を出されており、なかなかの文章家でもあります。数日前に小説『青春と変態』を読みましたが、とてもおもしろく、正直なところ驚きました! そう伝えると彼は、ちょっと古い感じがしませんか?と不安そうに訊いてきました。そう言われてみれば、そんな感じがしないでもない。でも同時に新鮮でもある。古風で新鮮。もしかしたら、この矛盾こそが会田芸術のキモかもしれません。

おもしろかったのは、「絵みたいに文章を書くんですよ」という言葉です。まず思いついたフレーズを、パソコンの画面上にぱらぱらと並べていって、空いたところに言葉を入れていく。主要モチーフを描いて白地を埋めていく絵画の空間感覚です。なるほどなあと思いました。

入口_5038_convert_20130602081143_convert_20130602081236さっきも言ったように、会田さんのしゃべり方はへらへらしてます。そう、昨年の祖父江慎さんを思い出すような、にこにこ、へらへらぶり。でもそうなるのは、答え方がわかっているものについてで、即答できないような問いだと、にわかに表情が変わるのです。うんうんなるような感じ。一生懸命に考えているからでしょう。公正に考えようとすると、いろいろな考えが浮かんできて、その調停をしながら語るので、呻吟になるのです。
名は体を表すといいますが、とても誠実な人柄が実感され、さわやかな気分で帰宅しました。で会田さんのほうは、携帯で呼び出されて若いアーチストの打ち上げに。ここにも彼の誠実さを見る思いがしました。(2013.6.2)
*写真撮影:大越元さん。「ありがとうございました!」