大竹昭子のカタリココ

朗読イベント〈カタリココ〉&トークイベントのお知らせと「日々雑記」

おしらせ&雑記

ERICの写真の魅力を解剖する!

10月に行ったERICとの対談、Kmopa facebookで読めます。トーク時の発言にかなり手を加えました。写真も掲載されているので、わかりやすいはず。ユニークでエネルギッシュなERICの作品の魅力を、もっと多くの人に知って欲しいです! これから火曜日をのぞく毎日、13回掲載。

写真家の畠山直哉さんをお迎えする第7回「ことばのポトラック」の予約を開始します。

前にこの欄でもご紹介したように、昨年10月に2回つづけて行った畠山直哉さんとのトークがとてもおもしろく、3回目を考えたとき、「ことばのポトラック」でそれをおこないたいと思いました。
ご覧になった方はご存知だと思いますが、写真美術館の「ナチュラル・ストーリーズ」展に、彼は故郷の陸前高田の震災前と震災後の写真を展示するコーナーを作りました。発表にあたっては、当初は迷いがあったそうです。がしかし、最終的に彼は展示するほうを取り、実行しました。これまでの作品スタイルとちがうゆえに批判がでること、戸惑う人のいることを承知の上であえてそれをおこなったのは、この特別な機会に自分を差し出してみたい、ひとつのケースとしてぼくを使ってくださいという気持ちなのだったと、『美術手帖』(2011年12月号)や『芸術新潮』(2011年11月号)のインタビューで述べました。「観客は残酷なものだから、いろいろな意見が出るだろうが、それに対してすべてを受け答える準備があります」とも。
それほどの覚悟をもっておこなわれた「ナチュラル・ストーリーズ」が終わったいま、彼が何を感じ考えているのかに興味があります。あの写真展について畠山さんに直接質問したい方もいるでしょうから、フロアーからの質問や意見もどんどん受け付けます。「私を使ってください」と自らを差し出した畠山さんの意思に、参加者とともに全力で応える場にしたいと思います。みなさまのご参加をお待ちしています。

終了しました

ことばのポトラック vol.7
スライドショー&トーク「ふるさとと写真」
出演:畠山直哉×大竹昭子(トーク)
   管啓次郎(特別ゲスト・詩唱)

日時:2012年1月21日(土)13時~
場所:サラヴァ東京
料金:2000円(ワンドリンク付き)
予約開始:12月12日(月)
     サラヴァ東京 HP上の予約フォーム
     電話 03-6427-8886 

今年最後のカタリココ、鬼海弘雄さんの箴言が効きました!

昨晩の鬼海弘雄さんは快調でした!キカイ節でどんどんと飛ばすので、質問を挟む余地もありません。いつもはときどき会場に視線をむけて様子を確かめつつ進めるのですが、昨晩は見なくとも観客の集中度がビンビンと伝わってきて、ただ流れのままに任せておけばよかったのです。

鬼海さんはアフォリズムの人で、言葉が屹立します。とくに印象深かったのは、「わたしは人間は美しいということを写真にしているのだ」という言葉でした。人間は美しい! これはなかなか口にできない言葉です。少なくともわたしはそう言えない。そう信じる根拠を持っていない。

鬼海さんがこの言葉をさらっと言えてしまうのは、記憶の古層にその感触をはっきりと抱いているからです。故郷の山形県醍醐村での子どものころの体験を描いた最新エッセイ集『眼と風の記憶』を読むと、そのことが痛切に伝わってきます。

人間は本来美しい生き物なのだ、ということを写真を通じて問うていく。それが彼の表現者としてのミッションなのです。思えば、生きてきた時間のなかから醸成する問いを、死ぬまで発ししつづけるのが表現の行為ですが、口に糊することに傾いたり、ささいなことに心をとらわれると、ふとそのことを忘れがちになります。昨夜は原点に立ち戻ることができて身が引き締まりました。カタリココは再確認の場でもあるのですね!

昨夜で2012年のカタリココが終わり、来年は7年目に入ります。年末に古書店主の方々と企画会議をしながら2013年のカタリココについて詰めていきます。4月にはラインナップを発表いたしますので、みなさまどうぞ楽しみにお待ちください。(2012.12.9)

写真集に「日本」というタイトルをつける

月曜日の『BOOKS ON JAPAN 1931-197 対外宣伝グラフ誌』を巡る森岡さんとのトーク、最後には日本国内で出された戦後の写真集へと話題が移り、さまざまなイマジネーションを刺激された。こういうのはトークの場ならではの効果だ。

対外宣伝の本には、当然ながら日本というタイトルを冠したものが多かったが、戦後は写真家自らがこのタイトルをつけた作品集を次々と出しているのに気づく。1957年刊行の濱谷浩『裏日本』は日本海側を撮影してまわった写真集。戦前、彼が東方社で『FRONT』に関わっていたことを思うと感慨深いものがある。

67年には東松照明が個人出版で『日本』を出している。この写真集の画期的な点は、雑誌に発表したさまざまなシリーズをまとめて「日本」というタイトルを付けて出していること。岩波写真文庫で名取洋之助のもとで働いていた東松が、戦前の名取の『NIPPON』など仕事を意識しなかったはずはなく、アンチテーゼが込められているようにも思える。

さらに興味をひくのは、この翌年に森山大道が『にっぽん劇場写真帖』を出していることだ。この写真集の特徴は、東松の編集手法をさらにラディカルに押し進めて、発表済みの写真と未発表ものを一緒にし、シリーズの枠をとっぱらってシャッフルして構成している点だ。恋人を撮ったプライベートな写真さえも入れられ、自分をとりまくすべての出来事が日本なのだという感覚が出ている。しかもタイトルに使われているのは「日本」ではなく「にっぽん」。「写真集」ではなく「写真帖」としているところがポップだ。当時森山がもっとも意識していたのは東松照明だが、彼の言う「日本」とはちがうんだぞ、という自己主張がうかがえる。

その後も『山田修二 日本村1968-79』、都築響一『珍日本紀行』、本山周平『日本』などが思い付くが、真剣に調べたらもっとあるだろう。タイトルに「日本」を冠するにはそれなりの覚悟がいると思うが、どのような意識でそう付けたのか、考えてみるのはおもしろい。(2012.12.5)