大竹昭子のカタリココ

朗読イベント〈カタリココ〉&トークイベントのお知らせと「日々雑記」

おしらせ&雑記

本日下北沢 B&B で「GPS対スニーカー」トーク!

写真展は終わりましたが、まだまだ怒濤がつづきます。本日20時より『ランドスケール・ブック』を書かれた石川初さんと、下北沢B&Bでトークします。彼と話すのはこれで三度目ですが、石川さんのパワーのすごさは熟知しているので、負けないようにがんばらねば!

まずはそれぞれのフィールドワークの成果を発表しますが、そこでは(石川さんは地球規模でくるでしょうから!)わたしはミニマルに新宿区市谷台町と富久町と余丁町界隈をとりあげます。かつて市ヶ谷監獄と東京監獄が並んであった場所です!

そこから引き出すテーマは、「道の骨柄」「陸の孤島商店街」「糊しろの町」の3点。なんのこと?と思う方、ぜひ今晩8時にB&Bにお越しください。最後にはランドスケープデザイナーの役割について、本質的な問いを投げますぞ!(2012.10.30)

写真展を終えて、長いつぶやき……。

写真展がぶじ終了。ドアのむこうからどんな方が現れるかわからないという状況下で人に会うということは、ふだんの生活ではない。だいたいトークショーと仕事の打ち合わせ以外は(だれもそう思ってはいないようだけれど)人と会うことなく、比較的ひっそりと生きているほうなのだ。

それが写真展の最中は一転した。とくに最後の三日間はたくさんの方が来てくださり、写っているものへの質問、またその感想、写真そのものへの疑問などがギャラリー空間に渦巻いた。別の方に話していた言葉を、近くの方が聞いて「先ほどちょっと耳にしたのですが……」と言いながら思ったことを述べたり、知らないお客さん同士が写真についての感想を語りだしたりと、言葉が反響しあって写真をめぐる小宇宙が出来上がっていくような感覚をもった。

これこそが写真の醍醐味だ。作品や作者に個人的に向き合うことを求める絵画とちがって、写真は周囲の者との対話をうながす。写真の不安定感=生命感が生み出すエネルギーがそうさせるのだろう。お客さんのなかに絵を描いている方がなん人がいたが、その人たちからは、絵画の場合、線でも、色使いでも、マチエールでも、構図でも、画家が生み出したものだけれど、写真の場合はそれが曖昧でよくわからない、よい写真があったとしても、それが写真家の生んだものだという実感が持てない、という疑問がよせられた。

たしかに写真では、被写体がよかったのか、カメラがよかったのか、そこに居合わせたことがよかったのかが、判然としない。見る側にとっては撮り手の実力をはかる基準がなく、写真家の側からすれば、これは自分の生んだ作品ですと胸を張って言える磁場がないのだ。

24日の福岡伸一さんとのトークでは、ゆるぎないとした自己というのは生物的には存在しないという話がでたが、おなじように確固とした自我が保証されないのが写真なのである。その不安定感こそが写真のダイナミズムなのだ。立ち上がったばかりの赤ん坊が見せるあのふらふらゆらゆらした不安定な生命のありようを思いだしてみよう。あの状態をすてきだと感じる人だけが写真をつづけられる。

不安な世の中という言葉をやたらに連発するマスコミを信用してはいけない。不安こそが創作の火種なのだ。不安感を失ったら人間は人間でなくなってしまうのだから。(2012.10.28)

写真展「NY1980」がはじまってます。27日まで無休です。

R0020292_convert_20121021110943.jpg今回は小全紙という大きなプリントを展示してます。このサイズで見るのは私もはじめてで、これまでには気づかなかったことがいくつかあり、たとえば「地下鉄」という写真は左に向かってわずかに傾いてます。車両が左手のトンネルから出てきたところを撮っているからでしょう。気持ちの照準がそこに合っているのです。また雪の日に廃墟のファサードを正面からとらえた写真(廃墟)では、建物の表面のざらっとした質感が浮かび上がり、これもまた迫力が増しました。

R0020295_convert_20121021111247.jpg以前、このwebでポートフォリオの予約がはじまり、どきどきしている話を書きましたが、一番乗りで予約くだったコレクターの高橋龍太郎さんが、初日にお越しくださいました。もちろん初対面です。こんなこと伺って失礼かしらと思いつつ、どうして買ってくださったのですか? と口走ってしまいました。まだ実物をご覧になる前にずいぶん英断をなさったと私には思えたのです。すると高橋氏は「ご著書を読んでましたから、まちがいないと思って」とさらっとおっしゃられ、大変感激しました。どこでどんな方が読んでおられるか、わからないものです。これからも緊張感をもって書かねば!(写真は高橋龍太郎さんを囲んで記念撮影)
 
昨日は実におもしろいコメントをくださった青年がいました。2時間くらい黙って写真を見つづけたあとに、フェリーの乗客を撮った写真(”Statten Island Ferry”)の前にじっとたたずみ、この写真には過去がない、何かがはじまるということだけがある、これまで自分が見てきた写真は、過去の時間の積み重ねの結果としてこれがある、ということを見せた写真が多かったけど、ここにある写真にはどれも起点が写っている。先しかない。だからどの写真にも不安があるし、怖い。卵が割れるような感じ、と。

まさにあのころは過去がなかったのです。あるのはその日だけ、その瞬間だけであり、先がどうなるかはわからなかった。それだからこそ見ることの至福があったのです。そうした当時のわたしの状況についてなにも知らず、被写体への情報もなく、ただ写真を見つめるだけでそう洞察した彼の鋭さに感服しました。そしてこれからも、書くこと、撮ることにおいて「卵が割れるような感じ」でありたいし、割れてしまった先の不安をエネルギーに転嫁していきたい、そう思ったのでした。(2012.10.20)


ありがとう&さようなら、若松孝二さん!

若松孝二さんの訃報に接して思い出したことがあります。ある取材のために、彼の運転するバンに乗って東京湾の埋め立て地にいったことがあるのです。手前に検問所があり、許可なしには埋め立て地には入れないのですが、係員が新聞を読んでいるすきに若松さんはアクセルを踏み込み、突破してしまいました! 
 『図鑑少年』という短編集のなかの「人工島」という作品は、あの日の出来事がベースになって生まれたものです。突破したあとに見た埋め立て地の光景、そこから都心の夜景を遠望したときの感情、姿は見えないのに上空から聞こえてきた鳥の声などは、どれも実際に体験したものでした。
行くか行かないかの境目で進むことをとった若松さんの決断なしには、あの不思議な宵はなかったと思い返し、ここぞというときに常にアクセルを踏み込んできた彼のあとにつづく者にわたしもなりたい、そう思いました。若松さん、ありがとうございました。(2012.10.19)

「ことばのポトラック in 名古屋」のご報告

R0020285_convert_20121015184322.jpg「ブックマークナゴヤ」からご招待いただき、昨日、堀江敏幸さんとふたりで「ことばのポトラック in 名古屋」をおこなってきました。市内の大須観音近くの七ツ寺共同スタジオが会場でしたが、まずこの場所がとてもおもしろかったです。寺山修司の天井桟敷や、ニューヨークのラ・ママ劇場を想わせる黒塗りの箱のような空間で、70年代半ばにできて以来、全国の名だたる劇団が巡業公演をしてきました。まさに小劇場運動の歴史を担ってきたトポスという感じで、外観もなかなか迫力があります。左の写真が劇場正面で、手を挙げているのは堀江さんですが、なんだかパリの街角のように見えませんか?

第1部は「ことばのポトラック」について、大川景子さん編集・構成の映像「ことばのポトラック・ダイジェスト」を上映し、それぞれの作品を朗読。すぐに効果が現れるものではないけど、つづけていくことに意味があるというポトラックのスピリットを再確認し合いました。理想は、だれがどうやってはじめたか思い出せないほど長くつづくことです。

休憩を挟んで第2部は、岐阜県多治見出身の堀江さんの子供時代へと話が発展。そもそもこのイベントに呼んでいただいたのは、堀江さんが中部出身ということがあったからですが、東京ではなかなか伺えない貴重なお話がつぎつぎと飛び出し、感動しました。代々東京の生まれで、都会の人間関係のなかで育ってきた私のような者には、自分以前の人間から何かを受け継ぎ、つぎに手渡していくというのは、理屈としてはわかっても実感としては希薄で、顔のわかる範囲にしかなかなか想像が働かないのですが、R0020286_convert_20121015184500.jpgどうやら堀江さんのなかには、血のつながりを超えて何かが手渡されていくことへの信心のようなものがあり、しかもそれが実に不思議な彼の自意識のありようともつながっているような感じを受けました。

風土だけがひとりの人間を作るわけではないですけど、風土なしには人が作られないのもまちがいないことです。その意味で今回のトークから与えられた示唆は大きく、また彼の作品を読み解く新たな糸口が見つかったようにも感じました。                    やはり旅はしてみるものです。(2012.10.15)

19日より写真展、そしてトークショーの予約受付は本日から。

NY1980postcardL.jpg実にふしぎな気がしています。3年前には、ニューヨークの写真で展覧会をするという考えは、私のなかにまったくなかったのです。何冊かの単行本に当時の写真をおさめることで気持ちがおさまっていたところが、このように写真展をするに至ったのは、2010年の森岡書店でのカタリココでした。堀江敏幸さんをゲストにお迎えし、同時に彼の写真展をおこなったトークの場で堀江さんが、来年は大竹さんの写真展をして、僕が聞き手になってカタラレココをしましょう、とおっしゃったのです。その言葉を森岡さんがすぽっと受け止め、翌年にそのとおりのことが実現しました。今回のときの忘れものでの写真展は、そこからはじまっています。

 つまりはイモヅル式。前々から実現にむけて計画し準備したのではなく、知らないまにこの手がイモのツルに触れ、たぐり寄せていたわけですが、おもしろいことに、いったん実現にむけて事が進行すると、まるではじめからそうつもりだったように全体のイメージがはっきりと描けました。意識しない間に頭の隅っこでアイデアがゆっくりと発酵していたのでしょう。

ふいに何かが外からやってきたり、意図せずにおこなった何かがイモヅル式に別のものに発展していったりする。自分の意志の外側で起きていることが、事態を変化させる。こういう過程すべてがとても写真のコトに近いにように思えますし、私は物事がこのように展開していくのが好きだから、写真に惹かれもするのでしょう。

昨夜、B&Bでの佐々木中さんとのトークでは、自分がおこなっていることの意味が見えないもどかしさが、小説と写真の似たところだという話が出ました。確かにそう。小説は書いていているあいだ、これが他人にとっておもしろいのかどうかまったく判断がつきませんが、その不安は、自分の身を外側に開くことを求める写真にも存在します。結局、その不安とどこまで付き合いつづけられるかなのだ!というところで佐々木さんと共感しあったのでした。

2年前の森岡書店の写真展は、すでにセレクトされていたカットで構成しましたが、今回は新たにコンタクトシートから選びなおし、小全紙というこれまで試みたことのない大きなサイズで焼いてみました。自分自身、見てみるのがとても楽しみです。
会期は10月19日〜27日まで。初日にはオープニングレセプションが、また24日には福岡伸一さんをお迎えしてのトークショーがあります。トークショーの予約は本日12時に開始しますので、ギャラリーときの忘れものに、メールにてお申し込みください。

森岡書店の森岡督行さんとスタジオイワトでトークをします!

森岡さん2007年にカタリココがスタートしたときから、会場を提供し、よき伴走者として協力くださっている森岡書店の店主、森岡督行さんが本を出されました。森岡さんが21人の方々へ贈った写真集22冊と手紙、おすすめの写真集、そしてエッセイが入った『写真集/誰かに贈りたくなる108冊』(平凡社コロナブックス)。写真の撮影は平野太呂さん、〈本〉のポートレイト写真集のような美しいビジュアルブックです。
私も森岡さんから本を贈られた「21人」のひとりで、アンドレ・ケルテスの「On Reading 」をいただきました。カタリココのゲストでは、ほかに堀江敏幸さん、坂口恭平さん、平松洋子さんが登場します。一読して森岡さんがすばらしい文章家であることを発見!書店開店のためにヨーロッパに写真集の買い付けにいったときの話などは、手に汗を握って読みました。来る10月14日にこの本の刊行を記念して、以下のようなトークイベントがおこなわれます。会場は神楽坂から神保町に移転したばかりスタジオイワト。きっと楽しい夜になることでしょう!

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『写真集/誰かに贈りたくなる108冊』(平凡社コロナブックス)刊行記念トークショウ
■日時 10月14日(金) 18時30分開場 19時開始 21時15分終了予定
第1部:大竹昭子x森岡督行(19時~20時 )
第2部:飯沢耕太郎x平野太呂(20時15分~21時15分)  
■会場 千代田区西神田3-8-5 ビル西神田1Fスタジオイワト
■定員 60名(お電話にてお申し込み先着順)
■入場料 800円 (お茶とワインと軽食のセルフコーナーあり)
■受付 森岡書店:03-3249-3456(10/3受付開始/日曜除く13時~20時)
※ご予約をキャンセルされる場合、ご連絡をお願いいたします。

10月、11月とつづく「ことばのポトラック」

10月の「ことばのポトラック vol.5 」は「声がつなぐ短歌」と題して東直子さんの企画で短歌会をおこないます。最高齢は岡井隆さん、最年少は早稲田短歌会の学生さん、と年齢も経験も立場も異なる人々が歌を詠むという一点で集い、おなじステージにあがります。この画期的なイベント、告知しようと思っているうちにあっというまに定員に達してしまいました。開演3日前に若干予約を受け付けるかもしれませんので、参加ご希望の方は会場のサラヴァ東京に直接ご連絡ください。
11月の「ことばのポトラック vol.6」は佐々木幹郎さんの企画による、「東北を想う、東北を歌う」をお届けいたします。大御所の詩人3人による書き下ろしの詩の朗読と高橋竹山さんの津軽三味線ライブという豪華な内容。10月11日に予約を開始いたします。こちらもすぐに埋まること必定ですので、参加ご希望の方は予約をお忘れなく!


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<声がつなぐ短歌>
「この、長年続いてきた特殊な詩の形はもしかすると、肉声という伝達方法がいちばん似合っているのかもしれない、と思うのです。今、生きている身体が発する歌を、今、生きている身体に響かせたい。」(企画 東直子)

日時 2011年10月9日 (日) 13:00~
料金 一般:2,000円 学生:1,500円(1ドリンク付)※学生証提示

<東北を想う、東北を歌うーー詩の朗読と津軽三味線ライブ>
「第6回の11月23日(日)は、東北へ、言葉が迫ります。新しく書き下ろされる詩の言葉で、そして、これまでこの土地で長く伝承されてきた歌で、東北の地とともに震えたい。日本語がいかに構想力を持つか、ユーモアを持つか、歌と音楽が力を持つかを試します。」(企画 佐々木幹郎)

◎第1部 「東北を想う」詩の朗読とトークセッション
出演 谷川俊太郎、高橋睦郎、佐々木幹郎
特別ゲスト 御厨貴

◎第2部 「東北を歌う」津軽三味線と民謡
出演 高橋竹山

日時 2011年11月23日(祝)13:00~
料金 3,000円

【ご予約】
サラヴァ東京HP http://www.saravah.jp/tokyo/
予約フォームか、電話 03-6427-8886 より。


平田俊子さんからの返信

日曜日のカタリココ読書会のお礼と、webで様子を報告したことを平田俊子さんにお知らせしたところ、さっそく届いたメールに意外なことが!
「蜜のあわれ」は大竹さんも絶賛なさると思ってたのにバカバカしいといわれてぎょっとしました。反撃しようと思いましたが、唇がわなわな震えてうまくいかず口惜しい思いをしました。」
なんだか可笑しいです! 思い返せば、「これだけバカバカしいものがよく書けたものですね、そこがすごいですね」と「蜜のあわれ」について私が感想を言ったとき、平田さんは浮かない顔をしていたんです。そうだったんだ、といま納得。メールはこうつづきます。
「でもそれぞれが用意した本を褒めあってもつまらないので、批判しあう感じになってよかったと思います」
まったくその通り。思ったことを言い合うあうことで、その作品の特徴が浮かび上がってくるし、それを推した二人の考えも明確になる。その意味でも、とても勉強になった夜でした!(2012.10.2)