大竹昭子のカタリココ

朗読イベント〈カタリココ〉&トークイベントのお知らせと「日々雑記」

おしらせ&雑記

2012年<カタリココ>、ラインナップを発表!

katarikoko.jpgお待たせいたしました! 今年のカタリココのラインナップが決まりました。4つの古書店にてお迎えする4人のゲストの方々は、ユニークさではだれにも負けない方々ばかり! 
これまでは毎月に集中しておこなってきましたが、今年は5月から12月までの長期にわたってぽつりぽつりと開催します。そのほうが準備に充分な時間がかけられますし、期待も高まります。「これからのカタリココ」に各店主のことばとゲスト・プロフィールが載っていますのでご覧ください。料金は全回共通1500円です。
またフライヤーのデザインはカタリココ特約デザイナー(!)五十嵐哲夫さん。こじんまりと愛らしく、手帖に挟むのにピッタリです。各書店でぜひピックアップしてください。(2012.3.30)

つぎの週末に「あいおい古本まつり」で写真のトークショー!

hyoushi_convert_20120319224622.jpg書影
今週末に開かれる「あいおい古本まつり」で写真のトークショーがおこなわれます。
人々の撮った被災地の写真を集めた『3・11キヲクのキロク』という写真集をテーマに、それを作られた20世紀アーカイブ仙台の佐藤正実さん、編集担当の片岡理恵さんと私の3人で、写真を上映しながらトークします。
写真表現にたずさわる人とは異なる角度から、写真の切実さがあぶりだされることでしょう!


トークイベント<「3.11」市民は何をキロクしたか>
出演:佐藤正実(NPO法人20世紀アーカイブ仙台)×片岡理恵(ライター)×大竹昭子(文筆家)
日時:3月24日(土)12:00~14:00 
会場:中央区佃高齢者介護福祉サービス「相生の里」1階あいおい文庫
   電話 03-5548-2490 FAX 03-6220-1502
参加費:800円 
予約:abooklabo@gmail.com  FAX 03-6220-1502(相生の里)
件名「震災トーク」、お名前、参加人数、電話番号を明記のうえ、メールもしくはファクスにてお申し込みください。
詳しくはあいおい古本まつりへ。

「レンズ通り午前零時」の最終回をアップ!

80年代はじめ、ニューヨークの地下鉄駅構内に、赤ちゃんがはいはいしている「落書き」が忽然と現れました。あるとき、イーストビレッジの薄暗いアパートの一室で、その絵を描いた本人と遭遇。まだ無名だったキース・へリング本人でした……。
今年秋の写真展にむけて昨年1月にスタートした連載、今回で最終回をむかえます。ご購読をありがとうございました。10月に展覧会でお会いしましょう!→ギャラリーときの忘れもの

4月8日の「ポトラック」の予約について。

すみません!次回「ことばのポトラック」の予約は開始して1日で埋まってしまいました。これからはキャンセル待ちを受けます。電話ではなく、サラヴァ東京のサイトのフォームからお申し込みください。それと予約された方、もし来られなくなった場合は、必ずその旨をご連絡ください(でないとお名前がブラックリストに載りますぞ!)。また予約された方は開演10分前までに手続きをお済ませください。それ以降は、キャンセル待ちの方の入場を優先いたします。

つぎの「ことばのポトラック」は4月8日です!

昨年3月27日にスタートした「ことばのポトラック」は次回で1周年を迎えます。「詩と散文のあいだで」と題して8名の作家に書き下ろし作品を朗読していただきます。作品はもう届いてますが、すごい力作ばかり! ご期待ください。
またこの日にあわせて、この1年に持ち寄られた作品を収録した単行本『ことばのポトラック』(春風社)が刊行されます。いまその編集作業のまっただ中ですが、これもとても力のこもったものになりそうで楽しみです。

「詩と散文のあいだ」
4月8日(日)12時開場/13時開演
3月8日(木)予約開始 
料金:2000円(お茶付き)
会場:サラヴァ東京 電話03-6427-8886
企画・司会:堀江敏幸・大竹昭子
予約:サラヴァ東京の予約フォームか電話で(03-6427-8886)
出演:河瀬直美/保坂和志/角田光代/スズキコージ/間村俊一/アツコ・バルー/Ayuo/長島有里枝/堀江敏幸/大竹昭子
*当日出演できない片岡義男、古川日出男、森村泰昌の作品は、司会の堀江敏幸と大竹昭子が代読します。



日本の作家は「揺れる」。そこにユニークさの秘訣がある!

阿部公彦が「書評空間」で沼野充義・編著の『世界は文学でできている』を取りあげている。欧米の作家はプロの小説家になると小説書きに専念するが、日本の作家は雑文書きをする、自分が書いている近代小説というものが自分の家だと心底から思えないようなところがいまだにあって、近代の西洋的な小説ではないものに回帰するということも起こってくる、という沼野の発言に対し、阿部は言う。この落ち着きのなさこそ、おもしろい。だから日本独特の散文性が出てくるのでは。小説以前に、”語り”や”しゃべり”があるのだ、と。
まったく同感。「砦」を築いて相手を迎え撃つのが欧米のやり方だとすれば(陣取り合戦方式)、日本のそれはもっと融通無碍で揺れている。揺れのなかからイモヅル式に何かが出てくるのを待つような「他力本願」的なところがある。
文学だけでなく、ほかの領域においてもそうだ。「芸術」と「芸能」のあいだの揺らぎ、といってもいいかも知れない。両者のあいだに明確な区分けがない。芸術よりも芸能の歴史のほうがずっと長いからだろう。たとえば欧米ではアート写真でデビューすると、格が下がると言って広告などを撮るのは止めるが、日本はどうだ。なんでもござれの篠山紀信やアラーキーなどの写真家がいる。彼らほど振幅の大きな写真家は海外には見当たらない。
彼らよりもっとあとの世代にしても同様だ。とたえば、これまで明快なコンセプトで撮ってきたのに、震災後に故郷の陸前高田を撮らずにいられなくなったという畠山直哉。彼はこれまでライフヒストリーを明かし、それに沿って撮ることはしてこなかったが、今回はそのやり方を横において「揺れ」のなかに飛び込んだのだった。
「揺れる」土地に住んでいるわたしたちは、「揺れ」が身体の一部になっているのだろうか!? 固定すると生命感が失われることを無意識のうちに感じ取っているかのだろうか!?「揺れる」とは自分を絶対化しないことと同義なのだ。
最近、片岡義男の仕事を過去のものから読み直しているが、彼も「揺れ」の人だ。彼ほどの振れ幅を持っている作家はほかにいないだろう。エンタメと純文学の区分けを超えているし、文筆だけでなく、写真も撮る。彼の作品が批評の俎上にのりにくいのも、その変幻自在な活動ぶりに批評家がどう向き合っていいかわからないからだろう。
「恋愛小説」と銘打たれた片岡の小説を読んでも、そこに男女の愛憎劇は出てこない。あるのは「出会い」だ。出会ったことで世界が変わっていくその光景を実に鮮やかに描き出す。実人生で感覚されたさまざまな出会いのディテールを、虚構世界のなかで解体し、組み直すのが彼の創作行為なのである。出会うものは人間だけではない。光のもとで可視化される物との出会いも含まれる。相手からくる波動を受け止め、つぎなるステップを踏み出す。彼の小説からあふれでる生命感は遭遇することの謎から来ているのだ。(2012.3.4)

2月の書評空間、月末掲載の契りをなんとか果たしました!

今月の本はブレーズ・サンドラールの『パリ南西東北』(月曜社)です。昨年1月に、ドアノーの『不完全なレンズで』が刊行されたとき、書評空間で取りあげ、サラヴァ東京でもトークイベントをしましたが、本書はドアノーの初の写真集『パリ郊外』にサンドラールが寄せた序文を、訳者の詳しい解説付きで翻訳出版したもの。書評では、還暦を過ぎた大作家と、30代の無名の写真家のコラボレーションの意味を推察してみました。東京都写真美術館では間もなくドアノー展が開催。写真の見え方が深まる1冊です。→書評空間