大竹昭子のカタリココ

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おしらせ&雑記

陸前高田に行ってきました!

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(写真:左上=広田小学校長と面会 右上=「道の駅」の廃虚 左下=倒壊・水没したユースホステル 右下=ご自宅のあった場所にて畠山さんとコリーヌさん)

「ことばのポトラック vol.7」の義援金10万円をお届けするために、畠山直哉さんのご案内で陸前高田の広田小学校に行ってきました。早朝の「はやて」で出発し昼前に一ノ関駅に到着、レンタカーで陸前高田に向かい、観光バスを改造したそば屋さんでランチ後、一路広田半島にある小学校へ。校長の松村仁先生にお会いして1時間ほどお話を伺いました。

高台にある小学校は津波の被害はまぬがれましたが、建物を失った中学校が合併されたり、校庭が仮設住宅の敷地に当てられたりして、それまでの日常が切断されているのがわかります。校長先生に義援金をお渡して今後どのような援助が必要だと感じていらっしゃるかをお伺いしたところ、最初は鉛筆など生徒の使う身の回りのものが必要だったが、つぎはプリント用の紙や模造紙などの授業のための備品が入用になり、いまはようやく外されたままだったカーテンなどが整ったところだと、まずこの1年の変化を説明してくださいました。災害の直後は、カーテンやピアノのカバーなどありとあらゆる布類を被災者が暖をとるのにまわされ、ずっとないままの状態できたのです。
こうしてだんだんと学校としての機能が整ってきたら、今度は生徒たちの心の回復に気を配らなければならないと思うと校長先生は結ばれました。

このことは「心のケア」などと言われてよくメディアなどでも取りあげられますが、ではどうすることが回復につながるのかというと、答えは簡単には出ません。スポーツ選手やタレントが子供を元気づけようと学校訪問をする様子はよくテレビで報道されていますし、子供のためのワークショップやイベントがおこなわれることも多いです。
それほど派手なことではなくても、ことばの人間としてなにか教育現場でできることがあるのではないかと、校長先生のお話しをうかがいながら思ったりしましたが、現実的にはそうしたイベントが外の人間が考える以上の大変さをともなうことも、お話を聞くうちにわかってきました。全校生徒を体育館に移動させるための時間と労力、集中力の異なる小学1年生と6年生におなじ内容のものを理解させる困難さ、授業時間がくわれてしまう悩みなど、どれをとっても言われてみればそのとおりのことばかりでした。

陸前高田にはなにもお店がない状態なので、その夜は大船渡にお食事にいきました。そこで広田小学校で教えてらっしゃる畠山さんのお姉さんの由美先生(畠山さんによれば「ファーストネーム文化圏」で名前で呼びあうのはふつうとのことです)からうかがった話は、大変印象深いものでした。小学校生活は限られた時間のなかにぎっちりとカリキュラムが組まれているので、まずはそういう日常をとりもどして授業内容をちゃんとこなしたいこと、この間止む終えず中止していた学校の行事を復活して生徒自身の手でそれを行ってほしいことなど、目からウロコが落ちるようなお話でした。

外からの人間がひっきりなしに現れ、何かをやって去っていくというのは、迎える側からすればあわただしいはずです。生徒にとっても目先の変化にはなるでしょうが、本当の力にはなりにくいでしょう。真の意味で元気になれるのは、一方的に受容するのではなく、自分たちの手で何かを企画して実行し、たしかな手応えを得たときです。生徒だけでなく、教師の側にとってもそうのはずです。
まずは昨年出来なかった運動会を実現したいと、由美先生はおっしゃいました。とはいえ、そのためにはテントや椅子やテーブルを入手し、それらを設置する人手が必要ですが、請け負ってくれるところをネットで探したところだそうです。こういう援助は実に具体的でいいです。必要なものを届け、設置し、終わったら撤去すると明快ですし、依頼の主体が学校というのもいいです。

ではそれ以外に、外の人間が学校やそこに通う子供たちに出来ることは何なのかと考えたとき、はやり現金を差し上げるのがいちばんだと感じました。震災以後、PTA会費などの集金ができない状態だそうです。月々ひとり頭400円ですが、全校生徒分を合わせれば月8万円くらいになります。その金額が入ってこないということは、当然ながらさまざまな費用を削減し、活動を縮小することを強いられているわけです。そういう状況下で現金があるのはとても心強いものです。それはわが身を振り返っても容易にわかります。

みなさまから預かったお金をどう使うべきかについてずっと考えてきましたが、現地に足を運んでみてひとつの答えが出たように思えました。「ことばのポトラック」が集める義援金はほんのわずかな額で、被災地に平等に届けることなど到底不可能ですから、このご縁をきっかけに今後も陸前高田の学校に寄付していければと思っています。
初日は快晴でしたが、翌日は雪が降り、前の日に見た風景が白一色に転じました。デスクに貼り付くばかりで固くなっていた頭も、その白さに洗われてふっと緩んだ気がしました。(2012.2.26)

「東京をフィールドワークする」ふたたび!

3月10日に「東京をフィールドワークする」第2回が青山ブックセンター本店でおこなわれます。メンツは前と同じ石川初さん、都築響一さん、私の3人。前回は石川さんと都築さんがパワー炸裂で、私は司会に徹するしかなく、無念さを噛みしめました……。なので今回はそれぞれの持ち時間を決めます。とはいえ、マイクの奪い合いになること必定でしょう! 
昨年のトークは4月で、ちょうど毎日新聞で「日和下駄とスニーカー」がはじまった直後でした。この1年、その連載ためにずいぶんと東京を歩きました。そこで改めて悟ったのは、東京は京都のようにお膳立てされている街とはちがい、その魅力を味わうのに想像力が必要だということ、でもそのコツさえつかめれば無限に楽しめる、ということです。本当に何度歩いても飽きることがありません。絶えず変化しているんです。トークでは三人三様の楽しみ方が展開されることでしょう。春から東京を歩こうという方、ぜひお越しください。→青山ブックセンター

『短くて恐ろしいフィルの時代』の魅力とは?

ジョージ・ソーンダーズの『短くて恐ろしいフィルの時代』とても変わった作品です。翻訳は岸本佐知子さんですから凡庸な作品のはずはありません。タイトルを見たとき、フィルとはフィラデルフィアのことかと思い、「フィラデルフィアでの短くも恐ろしい時代」ということかと思ってわくわくしたのですけど、フィルという男の話でした。ちがってましたが、別のおもしろさがありました。どうおもしろかったかは『群像』3月号で書評したのでどうぞ!(2012.2.7)

未読の本にドアが開かれるとき

石田千著『きなりの雲』を阿部公彦氏が書評空間で書いているのを読んで、そうだったのか!と思った。彼女の作品の「トレードマークは主語を省略すること」「何より「私は語る」「私は思う」といった私の主語性に酔わない。素面でいようとする。」とある。
小説というのは、作者のもつリズムと合わないとなかなか読みずらい面がある。そうした理由で多くの小説をちょっと読んだだけで隅に追いやっている現実がある。この小説も未読だったが、「主語の省略」「私を語らない」というコメントが急接近させた。というのも、主語を省くことは私にとっても大きな関心事だからだ。『随時見学可』ではひとことも「私」を使わず、男が主人公の場合は読者が混乱しないよう早い段階で性別がわかるように工夫した(たいがいの読者は主人公と作者を重ねて読むので女だと思ってしまう)。
主人公を「私」とすれば作者との距離がとれなくなるし、名前がついているとそれぞれの人格が際立ちすぎてしまう(もし人格が描かれてないなら、描かれてないこと自体が気になったりする)。それをどうにかしたいと思った。主語を省いて、人間存在が確固としたものではなく、流れたり、入れ替わったりするものであるのを浮き彫りにすれば、読者が自分自身をそこに溶け込ませ、都市空間をテーマにした小説にふさわしいものになるのではないかと考えたのだった。石田千氏がどのような考えで主語を省くのかわからないが、『群像』で阿部さんが著者インタビューをしているそうなので、そこで明らかになっているのだろう。
出会えていない本はたくさんある。これだけ出版点数が多いと、ほとんどがそうなってしまう可能性がある。だが、あるとき、つるんとした建物に突然ドアが見つかることがある。今朝はこの書評がそのドアだった。(2012.2.5)