大竹昭子のカタリココ

朗読イベント〈カタリココ〉&トークイベントのお知らせと「日々雑記」

おしらせ&雑記

「図書新聞」に載った『彼らが写真を手にした切実さを』のうれしい書評

書き手は美術評論家の高島直之さん。この書評がうれしかったのは、本書が写真論であると看破してくださったことです。ぱっと見るといろんな写真家の格闘ぶりを書いたインタビュー集に見えるでしょう。みんな苦労してるんだなあ、という素朴な感想を得たとしても否定はしません。でも本の核心は、なぜインタビューという形式とったかというところにあります。どのように撮りつづけてきたかを聞くことが、そのまま「写真論」に直結するところに、写真というメディアの特徴があると、ずっと考えてきました。小説家にどのように書きつづけたかを聞きだしても「小説論」にはなりませんが、写真ではそうした方法が有効だと思えるのは、写真が機械で写すものだからです。とりわけ日本では写真装置のこの特殊さが写真家の生き方と緊密な関係をもっているように思え、それを<日本写真>の特徴として提示したのです。高島さんもご指摘のとおり論理に少々粗っぽいところはありますが、まずはそうした問いを投げかけることで、写真の問題を解きほぐそうと試みたのです。なかなか書評しにくい本だと思いますが(私の本はどうしてもそうなりがちです……)核の部分をガシッとつかまえてくださり、幸甚でした。(2011.10.30)

書評エッセイ集が刊行されました!

書影いい本を読むと、あの本おもしろかった、あの作家はすごい、と言葉にして言ってみたくなるものですが、書くことを生業にしてから、読むという行為は書評する行為と連続するようになりました。書くとその本から何を得たのかがはっきりします。そうでないと、よかった!と感動しても、その内容はザル頭からこぼれ落ちるだけ。
紀伊国屋書店のブックウェブ「書評空間」で書いたものを、以下のような12の断想に振り分け、各章のあたまに短文を書きました。

1.カタストロフィーのあとに
2. 旅という生き方
3.フィクションとノンフィクションのあいだ 
4.漂白するユダヤ人 
5.あらがえない相手 
6.もうひとつの価値世界 
7.カッコ付きの「歴史」を超えて 
8.過ぎ去った時間に眼を凝らす 
9.人間と人間以外のもの 
10. ゼロ地点に立つ写真 
11.言葉のいまむかし 
12.「私」のなかの見えない「他人」

装幀は間村俊一さん。文字とイラストの「黄金比率」ぶりに驚嘆! イラストレーターの毛利彩乃さんがドイツに旅立つ前に描いてくださったイラストが軽やかな雰囲気に添えています。
そしていま「ポータブル3」を制作中!
今回はなしのつもりだったのに、見本をみたら作りたくなって急きょ作業し、今週末には出来上がります。
(2011.10.25)

<九州うきは 東京柿豚会 2011> が11月4日~6日に開催されます!

東京ではじめて柿豚料理会が開かれてから早6年。初回のとき、夜中の2時すぎまで豚肉料理を食べつづけたのに、翌朝、まったく胃もたれがなかったのに驚きました。それで了解したのです。いい食べ物は体に抵抗なく入っていくということを!
食べることを通じてつながった人々と年に1回再会し、料理に舌鼓を打つ。毎年、私が愉しみにしているこの宴が、今年は拡大版となり、3日間開催されます。3日間とも料理人がちがい、メニューも、トークイベントの内容も変化します。私は11月5日(土)の生産者トークに登板、若い彼らからいろいろと聞きだします!
会場は新宿御苑のすぐ横の内藤町にある(サラヴァ東京の新宿支店と私が位置づけている)ラ・ケヤキです。広々した庭で柿豚(柿を食べて大きくなった豚)や、有機栽培の米や、柿をアレンジした、すてきにおいしい料理をお楽しみください。詳しくはラ・ケヤキのHPへ。

ハワイの神話ペレにまつわる音楽と朗読と夕べ!

Ayuo.jpg「ポトラック」は持ち寄りパーティーのことですが、「ことばのポトラック」に持ち寄られた「食べもの」がつぎつぎと「一品料理」となってサラヴァ東京のステージに登場します! 
21日の高橋ブランカさんの一人芝居についで、10月23日(日)には7月の「ポトラック」に出演したAyuoさんと管啓次郎さんが中心となり、「ペレ ハワイの神話」を上演。ペレはハワイの火山や地震と炎をつかさどる女神。ペレにまつわる神話が、歌・演奏・踊り・語りによって表現されます。複数の表現スタイルにまたがっているのは、フラダンスと同じですよね。文字に頼らず全身で何かを伝えようとするアーカイックな表現形式を現代によみがえらせたすばらしい試みにご注目ください。ちなみにペレは酒好きな女神。バーのあるサラヴァで上演するのはうってつけです!(2011.10.10)

2011年10月23日(日)
19時開場、19時半開演
前売り3000円 当日3500円 (ワンドリンク付き)
予約はサラヴァ東京

すばらしき短歌会!

 IMG_4437.jpg

















10月9日にサラヴァ東京でおこなわれた第5回「ことばのポトラック」は東直子さんの企画による「声がつなぐ短歌」。フライヤーの文章で東さんは「この、長年続いてきた特殊な詩の形はもしかすると、肉声という伝達方法がいちばん似合っているのかもしれない、と思うのです」と書かれていましたが、まさにそのことを実感したひとときでした。早稲田短歌会の19歳の学生さんから、80歳を超える岡井隆さんまでがひとつステージに立ち、それぞれのスタイルで短歌を披露。エッセイや語りに短歌をまぜたり、短歌で作曲した歌と共演したり、実に自由でのびやかなのです。ことばには意味がありますが、それを脳みそがつかみとる前に、声として体に染み渡っていく、まさに声とことばで全身をマッサージされたようでした。
写真の真ん中に座っていらっしゃるのが岡井隆さんです。トリを務めてくださいましたが、その融通無碍な語り口に会場は柔らかな父性に包み込まれたように陶然となりました!(2011.10.10) 



「ことばのポトラック」で会場を沸かせた高橋ブランカさんの一人芝居が上演されます!!

??????????????????2_convert_20111008225639もとをたどれば、サラヴァ東京の主である潮田あつこバルーさんの長男、潮田明くんが、パソコンゲームで知り合ったセルビア人青年たちを彼らの国に訪ねていったのがきっかけです。ユーゴスラビア解体さえも知らずに旅気分で出かけた明くんは、現地でさまざまなことに驚き、感動して帰国。今度はセルビア人の青年たちを日本に招きたいと彼らのためにビザ申請にかけまわり、去年12月に来日が実現。せっかくの機会だからと、彼らとセルビアの歴史や現状についてトークをする「セルビアン・ナイト」をサラヴァ東京で企画しました。そこで共演してくれる在東京のセルビア人を当たったさいに出会ったのが、高橋ブランカさんです。日本語の堪能な彼女がセルビア青年たちとの仲介役を務めたり、セルビア語講座してくれたことで、とても立体的なイベントになりました。
7月の「ことばのポトラック」のテーマが「ことばの橋を渡って」に決まったとき、ブランカさんのことを思い出し、出演をお願いしました。自作の短編小説「ご近所の人たち」を芝居のように表現豊かに朗読したワンマンショーぶりに会場は笑いの渦! すごい才能! もっと本格的な舞台を見たいと、だれもが思ったはずです。そして思ったらすぐに実行できるのがサラヴァ東京の強みです! 来る10月21日(金)にそれが実現します。いったいどんな感じのものかしらと思う方は、大川景子さんが作ってくれたYouTubeの告知をご覧ください。「ポトラック」のときのブランカさんの生き生きしたステージの一端がのぞけます。
http://www.youtube.com/watch?v=pzAlQ_kfU8I

21日に上演されるのは、「日々 少しばかり 単純に描かれたある女性の人生」と題した新作。

 「主人公はセルビア人。
 でもそれはどうでもいいです。
 日本人、アメリカ人、デンマーク人と同じように、
 彼女は勉強したり、恋に落ちたり、子育てをしたりしている。
 希望に満ちている。時には絶望している。
 「人生なんて無意味!」と嘆いたり、「生まれてよかった!」と感謝したりしている。
 そして延々とお皿を洗っている・・・」

これを読んだだけでもなんかビビッときませんか? とてもおもしろい夜になりそうです。

10月21日(金)18:30 開場 19:30 開演
前売り:2,000円(+1drink order)当日: 2,500円(+1drink order)
予約:サラヴァ東京

昨夜の畠山直哉さんとの連続トーク、第二弾!

R0015846_convert_20111005212535.jpg昨夜、ボヘミアンズ・ギルドでのカタリココで、畠山直哉さんと日曜につづいて、2回目のトークをしました。階段からこぼれんばかりの満場のお客さんを前にノンストップで2時間15分。なかなかの体験でした。
都写美のトークは私からの質問に畠山さんが答えるという質疑応答形式でしたが、昨夜はこちらの問題提起に彼が答え議論し合う場面もあり、1回目とはちがう雰囲気で進行。たとえば、『彼らが写真を手にした切実さを』のなかで私が書いた<日本写真>とは何か?という設問に対し彼は、そういう括りではなく個々の活動のなかにあるものを見て欲しい、という当然至極の意見で切り返します。でも、概念を持ち込むことで対象化が可能になるのでは?と踏ん張る私。「日本人論」でも「世代論」でも、「……論」と付くものにはつねに眉につばすべきものではありますが、人々に何かを問い掛けるときには論議の的となるべきものが必要です。もちろん名付けて囲い込むような政治性には注意しなければなりませんが。昨夜の議論はこういうことのためにあの本を書いたのだと思える開かれた内容で、うれしく思いました。
都写美の写真展には、東日本大震災以前と以後の陸前高田の風景写真を展示したコーナーがあります。畠山さんが生れたときから十何年、家を出れば必ず目の前にあったという河の写真もあり、こういう風景を見て育ってきたのだなと見入ったのですが、今回の展示において、発表の意図なく撮ってきたプライベートな写真も公開したことについて彼は日曜日のトークで、「このように自分を差し出すしかなかった」と語りました。そして昨夜はさらに、「このような大きな災害を体験したあとには、単に問いを投げかけるだけでは済まなくなった、これまでのどんな表現も自分を納得させられなくなってしまった」と強い調子で述べました。あらゆる歴史を切断する出来事だったのです。
上の写真はこの夏パリに行ったときに古書店で見つけたものです。「1940年、空爆のあとのロンドンの図書館」とあり、撮影者不詳。だれがどのような状況で撮ったものかわかりませんが、いろいろと湧いてくる思いを簡単にことばにするのがもったいないような気にさせる写真です。
畠山さんの写真には「破壊」のシーンが多く登場します。子供のときからそういう光景に惹きつけられてきたと言い、今回の展示では陸前高田のコーナーのあとに「ブラスト」シリーズがあり、発破によって岩が炸裂する光景が巨大スクリーンにスチール写真で連続映写されています。この構成力が彼の凄さだとつくづく感じ入ったのですが、考えているうちに、「自分を差し出す」ことの意味は、被災地の写真ではなく、むしろこちらのコーナーに象徴されているような気がしてきました。爆破された図書館の写真が脳裏に浮かんできたのはそのあとです。なぜだかわかりませんがそうなったので、ここにその写真を載せることにしました。『アサヒカメラ』9月号に寄せた文章で畠山は「誰かを超えた何者かに、この出来事全体を報告したくて写真を撮っている」と述べていますが、この写真にもそれに通じるものがあるように思えます。(2011.10.5)

第6回「ことばのポトラック」は詩の朗読と津軽三味線ライブの豪華版!

11月の「ことばのポトラック vol.6」は佐々木幹郎さんの企画による、「東北を想う、東北を歌う」をお届けいたします。大御所の詩人3人による書き下ろしの詩の朗読と高橋竹山さんの津軽三味線ライブという豪華な内容。10月11日に予約を開始いたします。すぐに埋まること必定ですので、参加ご希望の方は予約をお忘れなく!

<東北を想う、東北を歌うーー詩の朗読と津軽三味線ライブ>
「第6回の11月23日(日)は、東北へ、言葉が迫ります。新しく書き下ろされる詩の言葉で、そして、これまでこの土地で長く伝承されてきた歌で、東北の地とともに震えたい。日本語がいかに構想力を持つか、ユーモアを持つか、歌と音楽が力を持つかを試します。」(企画 佐々木幹郎)

◎第1部 「東北を想う」詩の朗読とトークセッション
出演 谷川俊太郎、高橋睦郎、佐々木幹郎
特別ゲスト 御厨貴

◎第2部 「東北を歌う」津軽三味線と民謡
出演 高橋竹山

日時 2011年11月23日(祝)13:00~ 終了しました
場所 サラヴァ東京
料金 3,000円
予約開始 10月11日
     サラヴァ東京
     予約フォームか、電話 03-6427-8886 より。