大竹昭子のカタリココ

朗読イベント〈カタリココ〉&トークイベントのお知らせと「日々雑記」

おしらせ&雑記

12月の「書評空間」では以下の2冊を取りあげました。

■百年文庫30『影』(ポプラ社)
ロレンス、内田百けん、永井龍男の短編アンソロジー。年末に読むのに最適!
■『ルワンダ ジェノサイドから生れて』ジョナサン・トーヴゴニク著・竹内万里子訳(赤々舎)
写真から感じるものと、テキストの伝えるものの差に驚く。この狭間にこそ、写真の意味が潜んでいそうな気がする。
書評空間

青山ブックセンター本店でブックフェア「エッセイと小説のあいだ」を開催中です!

わたしの独断で『図鑑少年』の仲間と思うものを12冊セレクトし、コメントとともに展示しています。作品に共通しているのは主人公が外界に魅了されていること、そのまなざしによって読者が物語の外に連れ出されること。
最初はこの告知に売り場の写真を載せようと思ったんですけど、そうするとどんな本が並んでいるかが一目瞭然となり、ミステリーの結末を明かすのと同じでおもしろみが半減。コメントの一部をご紹介することにしました。答えが気になる方、ぜひABC本店にお急ぎください!

1.かつて神戸にあったハキダメホテル。そこに集うへんてこな人々。神戸に行くときに必ずもってでる1冊。
2.「発表するために書いてたんじゃなくて、わたしたち自身を知るために、というかどこまで行けるかを知るために書いていたの」。こういう青臭くてステキな言葉が満載。
3. 世界が一方的に「私」のほうに近寄ってくる。しかも「私」はそれを拒まず、感覚する器になってことの次第をとことん慈しむ。そのまなざしのむこうに広がる世界の麗しさ!
4.最上階に住む出もどりのおばさんの部屋に行ってみたい。そこでおばさんの純白の絨毯にくるまって眠りたい。朝起きたら、窓の外には霞のたなびくフェズの町並みが見えるだろう。
5.彼女の書くものはリアルで同時にフィクショナルな気配をまとっている。ふたつは少しも矛盾しない。文化と言語の境界線上に立つ彼女の視線がそれをつないでいるから。
6.「こんちわ」と縁側から入っていき、すすめられるまま思わず長居し、夕食をごちそうになり、最後には天体望遠鏡で宇宙を眺めて帰ってきたかのような小説。近くのものから遠くまでがぜんぶ入っている。
7.作品を読むだけで充分という作家と、書き手本人に興味をもってしまう作家とがいるが、彼女は明らかに後者。その境界はどこにあるのだろう。
8.好きなように書いて、好きなように生きた人。本の山に囲まれ身動きのとれなくなった部屋であの世に旅立ったというのもすごい。だれにもまねできない。
9.読むうちに人間って妙な生きものだなあという感じがじわじわと染み渡ってきて、すごくほっとし、同時に楽しくなってくる。精神分析と小説は相性がいい?
10.石造りの街をさまよい歩き、大きな板の付いた武骨な鍵でドアを開け、固いパンをかじってベッドに横たわると、出会う人も飛んでくる鳥さえも夢の語り手になる、そんな島がホントにあるらしい。
11.怪しい人物がつぎつぎと登場し、想像と空想と幻想と幻覚の境界を消していく。怪しさとは妖しさなのだ。
12. 東京って息苦しくていやなことばっかり、と文句たらたらの人がいるかと思えば、おなじ東京でこんなにのびのびとサバイバルしている人がいる!

ところで、ここに挙げた本の著者であるK氏が、たまたま書店に行ってこのフェアを見た、とメールを下さいました。エッセイと小説との異同や関係性は文学上真剣に論議されるべき事柄なのに、いまだきちんと語り尽くされてない、小説とエッセイとがグラデーションとなっている汽水域にこそ成り立ち得る豊穣さがあるのに、という彼の言葉に大いにうなづき、励まされました。海水と淡水の流れ込む「汽水域」にはさまざまな生きものが生息します。そうした名付けようのない「変種」をこれからも応援していきたいと思います。(2010.12.27)


森山大道「津軽」展のおどろき。

R0012345_convert_20101223203252.jpg 先週、終了間近い森山大道の「津軽」展を滑り込みで見たのだが、それ以来、不思議な思いにとらわれつづけている。これらは本当に不調だったあの時期に撮ったものなのだろうか。70年代半くらいから森山は思うように撮れなくなり、自家撞着に陥ってクスリに頼るようになっていた。撮っても撮っても撮れなかった、と当時を回想した彼の言葉が生々しく耳に残っている。
 細江英公の勧めで1974年に初めてニコンサロンで写真展を行った彼は、同じ会場で2度目の写真展を開くために津軽に赴いた。今回の展示作品はそのときに撮られたものが中心だ。ニコンサロンで使ったヴィンテージプリント数点も含まれているが、大方がタカ・イシイギャラリーでの今回の展示のために新たにセレクトしプリントされたものである。つまりこれまでだれの目にも触れてこなかった、30数年前の森山の歩行の軌跡とその眼がとらえたものが、明らかにされていたのだ。
 なんの情報もなくこれらの写真を見たら、苦しみながら撮っていたとは思いもよらないだろう。目に飛び込んできたものにつぎつぎとシャッターを押していく、不調どころか快調な足取りすら感じとれる。不思議でしかたがないと言ったのはこの点なのである。当時の自分について彼は、撮れたものを客観視できなかったから選べなかった、語っている。それはわかるのだ。選ぶ目がなければ写真は存在場所を得られない。写真にとってセレクトは撮ることと同格の意味をもつ。だが、セレクトの作業は撮れていることが前提であり、撮影自体が不調であればセレクトしようがないのだ。
 今回の展示からわかるように、撮影時の森山の調子はまったく悪くないのである。当時の彼を悩ませていた叙情的なカットもあるものの、叙事的なものもかなり多く撮っている。ところが、セレクトの段なってにわかに不調になってめげたらしいのである。これはいったいどういうことだろう。撮影時と暗室時では人格が入れ替わってしまったということなのか。
 想像するに、暗室に入ると自意識が過剰なほどわいてくる状態だったのだろう。その自分をバッシングしようと躍起になるうちに疲弊して、やっぱりだめだ、となる。だが撮影のときはそうではない。自意識がぱかっと外れて別の人格になって歩いている。かなり二重人格的な状態だったのかもしれない。
 今回の写真展を見て「スランプ期」とみなされていた時期に撮ったものをぜんぶ見てみたくなった。森山大道はもとより、人間ぜんたいの奇妙さがあぶり出されてくるだろう。(2010.12.23)

写真家ドアノーとパリ郊外をめぐる映像&トーク

Doisneau_01.jpgパリの人と街をとりつづけたロベール・ドアノーは、生前に1冊だけ写真についての本を書いてます。その『不完全なレンズで』が、堀江敏幸さんの見事な訳により、この秋に月曜社から出版されました。さっそく拝読して11月5日の書評空間に書いたのですが、そのとき10年以上前に観たある映像作品のことを思い出しました。作詞家で映像作家でもあるピエール・バルーがドアノーを撮った「時と時刻」という作品で、文末でそのことにちょっと触れてみたのです。
そうしたら作品を観たいという声がまわりで上がり、それなら場を設けようとトントン拍子で話が進み、年明け早々の1月10日に映写会&トークショー「ドアノーの写真人生」を開催することになりました。
トークにご出演いただくのは、その時期に来日中のピエール・バルー氏と、作家の堀江敏幸さん。画期的な顔合わせです。ドアノーの晩年にもっとも親しくしていたバルーさんと、『不完全なレンズで』の訳業をとおしてドアノーの一筋ナワではいかない人物像を実感した堀江さんとのあいだで、どんな話が繰り広げられるか楽しみです!
トークのテーマは「パリ郊外」。日本語で「郊外」と言うと中心部から遠く離れた場所をイメージしがちですが、パリ市街を取り囲んでいる城壁の外側のエリアのことを言い、1900年代のはじめからそこに移民の町が形成されていきました。ドアノーはもちろんのこと、バルーも郊外出身者で彼の書く詩にはそのにおいが漂っています。そして堀江敏幸さんはパリ在住中に中心街より郊外に親しみを抱き、そこを足しげく散策する中からデビュー作『郊外へ』が生れました。ドアノーはその冒頭の章と最終章に登場します。つまり、3人をつないでいるキーワードが「郊外」なのです。
また、バルーが「時と時刻」を撮影した理由というのもおもしろいんです。俳優の緒形拳さんがドアノーの大ファンでポートレイトを撮って欲しいと希望し、バルー氏が仲立ちしてドアノーに伝えたところ、彼は知らない外国人を撮るのはいやだ、と一旦は断ったそうなのです。それをバルーが、まあ、そう言わずに会うだけ会ったら、ととりなして引き合わせたところ、とてもうまがあいステキなフォトセッションになりました。その様子を撮影し、ふたりの魂の交流をカットバックでつないだのが「時と時刻」で、バルーならではすばらしい映像詩です。
撮影が行われたのは1993年1月で、翌年春にドアノーは亡くなりました。パリ郊外に生れ、ローカリティーにこだわった写真家が最晩年に撮ったのが「知らない外国人」だったというのも、なにか写真の不思議さを暗示しているような気がしませんか!
会場となるのは12月に渋谷にオープンしたばかりのライブスペース「サラヴァ東京」。ジャンルを超えた出会いをテーマに掲げる「サラヴァ」にぴったりの企画です。五十嵐哲夫さんのデザインによるポストカードサイズのステキなフライヤーは、サラヴァ東京、カタリココ会場の古書店、ナディッフ、青山ブックセンター本店ほかで配布しています。詳細は「その他のイベント」をご覧下さい。(2010.12.12)
*ナディッフ・モダン(Bunkamura内)で12月20日~1月10日までドアノー、ピエール・バルー、堀江敏幸、緒形拳などのブックフェアを開催します。

12月11日、映画プロデューサー篠原弘子さんとトークします。

2年前にカタリココを取材してくださったリトルプレス『ボナペティ』が、創刊3周年を記念してイベントを開催、12月11日にプレノンアッシュの映画プロデューサー篠原弘子さんとトークをいたします。篠原さんとはずい分むかし、エドワード・ヤンやツァイ・ミンリャンが登場して香港や台湾映画が盛り上がった時期に、映画批評などで何度かお仕事をしたことがあります。こういう形で再会がなり、しかもきちんとお話する機会を与えられて感激。会場は茅場町にあるMAREBITOというギャラリー。先日写真展を開催した森岡書店のすぐ近くです。

日時:12月11日(土)17時~(予約制30名)終了しました
場所:MAREBITO
料金:1500円
予約:ボナペティ

リトルプレス『ボナペティ』の創刊3周年記念イベント!

ivent_convert_20101202161823.jpg『ボナペティ』のことを知ったのは2008年、カタリココを取材してくださったときでした。物作りをテーマに年2回出されている、とても丁寧に編集された冊子なのに驚きました。その『ボナペティ』が創刊3周年を記念してイベントを開催、12月11日にプレノンアッシュの映画プロデューサー篠原弘子さんとトークをいたします。篠原さんとはずい分むかし、エドワード・ヤンやツァイ・ミンリャンが登場して香港や台湾映画が盛り上がった時期に、映画批評などで何度かお仕事をしたことがあります。bona4_convert_20101203132932.jpgこういう形で再会がなり、しかもきちんとお話する機会を与えられて感激。トークのテーマは「自分に合った仕事の見つけ方、そのつづけ方」。ジャンルはちがえど、仕事には共通した思いがあるはずなので、そんなことを語り合えたらと思います。会場は茅場町にあるMAREBITOというギャラリー。先日写真展を開催した森岡書店のすぐ近くです。あの界隈、新しいお店がいろいろと出来ているんですね。(2010.12.2)
ボナペティ

11月の書評空間では以下の本を書評しました!

■ロベール・ドアノー著/堀江敏幸訳『不完全なレンズで』(月曜社)
ドアノーが自らの写真人生、写真観を独特な口調で語ったエッセイ集。
■関口良雄著『昔日の客』(夏葉社)
古書店主による飾らない滋味のある文章。まるで細胞に染み入るような……。
書評空間