大竹昭子のカタリココ

朗読イベント〈カタリココ〉&トークイベントのお知らせと「日々雑記」

おしらせ&雑記

7月の書評空間では以下の本を取りあげました。

■『日本旅1961ー2010』山田脩二(平凡社)
カメラマンからカワラマン(瓦師)に転身してからも撮りつづけた、山田脩二の驚愕すべき50年間の軌跡。彼にとって写真を撮る意味とはなんだろう?→書評空間
■『編集者 国木田独歩の時代』黒岩比佐子(角川選書)
国木田独歩はすぐれたビジュアル感覚の持ち主で、雑誌の編集が好きだった! 大量の資料をひもとき、取材を駆使した驚愕の書。併せて、著者の知識と刺激の泉である古書コレクションを紹介した『古書の森逍遥』(工作舍)を紹介。

撮影者を自問自答の人にしてしまう写真のフシギ。

 忘れないうちに前回触れた畠山直哉展のつづきを書いておこう。展示を見終わって帰ろうとすると、畠山の書いた”「線をなぞる/ 山手通り」にかんするメモ”という文章が、カウンターに置かれているのが目に入った。いつもはこういうのはあまり読まないのだが、珍しく読んでみたところ、いろいろな考えを刺激されておもしろかった。
 人の視界は連続していて、驚くほど滑らかに変化している。撮影行為はその「視覚の連続性に停止をかけてみるという、ひとつの反省の試みの仕草だ」と畠山はいう。「時間」や「空間」は日常の視覚のまっただ中では認識されない。停止をかけるという視覚への「反省」行為によってはじめて出現すのである。むずかしく聞こえるかもしれないが、写真を集中して撮った体験があれば、この感じはわかるのではないか。
 ニューヨークに暮らしていたころ、一眼レフを買って撮影に夢中になった時期があった。そのときにこの感覚を強烈に味わった。当時のわたしは「長期の旅人」で、異国の街でなにもせずにぶらぶら過ごしていた。だから余計に「撮る以前」と「撮って以降」のちがいが明確に見えたのかもしれない。社会的な役割を持たずに異国にいるというのは、学齢前の「幼児」に逆戻りしているようなもので、世界の見え方がちがう。視覚を通して時空間とひとつになるような陶酔感があったのだ。
 ところが、どうしたわけか、あるときいきなり写真を撮りたいと思い、カメラを買ったのである。それからはもうノンストップで撮ることにのめり込んでいったのだが、そのときに視覚の流れから切断されて世界から疎外されたような感覚を持った。もう「以前」の状態にもどれないこと、写真を撮るとはあの流れる世界と決別することだと痛切に実感したのだった。
 その一方で撮影行為によってこれまで味わったことのない興奮を与えられもした。言葉を超えて自分の存在をまるごと受容されたような至福感だった。つまり、あのときわたしはひとつの至福から別の至福への移動を体験したのである。短期間だったが、写真の本質的なものに触れた気がした。

 写真は現実そのものではない、だが現実とつながっている。この二律背反が同時に起こるのが写真の経験であるとしっかりと認める時、「写真を見る僕たちの肉体内部に何が起きるか」と畠山は問う。まったくそうだ。写真を撮りつづける大きな理由はそれだ。その問いは実に興味深く、魅惑に満ちている。しかも肉体は変っていくから答えがない。
 現実のなかにある「いま、ここ」と、写真の像のなかにある「いま、ここ」の間には、「越えられない距離が生じており、しかもその距離は「ゼロ」でもある」。この物理的にはあり得ない事実ゆえに、「写真を見る時の僕たちの内部には、世界からこの身を引きはがされたような感覚が生じる」。この感覚を彼は「疎遠」と名付け、「疎外」と言い換えてもみる。
 さて、ここからがおもしろいのだが、20世紀初頭以降の芸術活動は、世界や社会からのこのような「疎遠」を、積極的に先鋭化させてきたように見える。非人間性の内に、制作の喜びや楽しみらしきものさえ、見つけきたように感じられる。それはなぜだろうと彼は問う。果たして自分は写真行為を通じで、その理由にたどり着くことができるのだろうかと。
 これを読んで、ニューヨークで写真を撮りはじめる「以前」と「以後」に自分がこの問題にしつこくこだわっていたことを思い出した。思い出した、というのは現在はこの問いを忘れていたからで、それはとりもなおさず、わたしが集中して撮っていないことを意味するのである。どういうわけか、写真を撮っていると、こうした生きることにまつわる生々しい問いが浮上してくるのだ。ただ作品制作に没頭するだけでは済まない。撮ることと生の実践とが密着してきて、自問自答の人になってしまうのである。
 最後に彼はこう語る。
 「写真術は僕にとって今のところ、かようにパセティックな調子に満ちた実践となっているが、それでもその実践そのものは、なぜかとても楽しい」。
 写真に本気で取り組んでいる人に、この言葉に共感しない人はいないだろう。

近景と遠景の距離の消失、あるいは極端な拡大

タカ・イシイギャラリーで畠山直哉展「線をなぞる/山手通り」がオープン。山手通りを大橋交差点から熊野町交差点まで、南北10kmに渡って撮影を続けたシリーズだ。リリースに載っていた#3148(男が工事の看板を見ている写真)にイマジネーションを刺激され、ある角度と法則をもって山手通りを観察したものを想像して見に行ったが、実際にはもっと緩やかで規則性はなく、山手通りを背に建物を入り口を撮ったものや、通りを離れて住宅街の道を撮ったものもあった。うーむと思いつつ、ギャラリーの方に伺ってみると、ぼくにとってはお散歩写真のようなものだ、と畠山さんが言ってらっしゃると聞き、逆にこのシリーズの特性が腑に落ちた気がした。
 パースを消して近景と遠景とが等価になるように、色と形だけが浮き上がるように撮られている。これは実際に東京を歩いているときに知覚するものに近い。しかも山手通りのような、工事だらけで、ほこりぽくて、遠近に欠ける(つまり情緒を刺激しない)エリアを歩いているときはとくにそうである。私は散歩心を刺激しないようなそういう場所は避けて、横道に入ったりするのだが、そうすると写真の情緒性が強まり「文学趣味」に傾く。だが、知覚と現実の関係を科学的に観察しようとする畠山さんのような写真家は、あえてこういう視覚的雑音に満ちた場所に向かう。しかも彼の手にかかると醜悪なはずのあの大通りに「美」が生まれる。そのフィクション性に、写真家の謎めいた心の動きが感じられる。
 また本展には「Slow Glass / Tokyo」のシリーズも展示されており、これも大変におもしろかった。たしかこれはイギリス滞在中に発案した撮影方法で、カメラにガラス箱をすっぽりとかぶせ、そのガラスの表面におちる雨粒と遠くの風景とを一緒に撮ったものである。例えばライティングされている東京タワーにそのカメラをむけると、ガラスに落ちた大小さまざまな水滴のすべてに東京タワーが写り込む。ピントは水滴にあわせられているので、遠くのタワーはぼける。遠景と近景の極端な隔絶。山手通りシリーズのフラットな視覚の対極にある。
 じっと見ていると気が狂いそうになる。画面を覆う無数の水滴にはどれひとつとして同じ形はない。歪んだタワー像を映す水滴が凸レンズのようにも思える。顕微鏡をのぞいて自然界の不思議をまのあたりにしているような、めまいの感覚。このように水滴とタワーを同時に知覚することは肉眼ではありえないだろう。眼はどちらかを見てしまう、見ようとする。写真だけが与えてくれる実に不思議な視覚世界だ。
 まだまだ書きたいことがあるが、これから長野県茅野に行かなくてはならないので、残りはあとで。(2010.7.25)

「動坂下」の輝き、地名の呪力。

?連休最終日、昼過ぎに逗子からもどって一休みした後、このまま終わるのはもったいない、夕暮れの散策をせねば、という思いに背中をつつかれ、日暮里から田端方面を歩いた。この界隈の散策はこれで4度目だが、田端駅を背に動坂下を見下す風景は何度見てもぐっとくる。街灯のつきはじめた道路の人恋しい感じもいいが、「動坂下」という言葉の響きにも心を揺らすなにかがある。「動坂」は本郷通りから不忍通りに下りて行く坂。坂上に不動尊があることから「不動坂」と呼ばれていたのが、縮まって「動坂」となったらしい。「不動坂」は「うごかない坂」だが、「動坂」は「うごく坂」で、意味が逆さまになったわけだ。
「動坂下」はちょっとした繁華街になっている。「動坂食堂」とか「動坂坂道通り」とか、少し上には「動坂動物病院」とか、目を引く名称が多くて見るたびにうふっと笑いが込み上げる。それに「坂」に「下」がつくととたんに魅力が増すのである。「上」よりだんぜん「下」のほうがいい。どの坂にもそう感じるのは、坂下ににぎわいのあることを体が知っているからだろう。それに「動坂下」と口にした途端に、時代を飛び越えて『三四郎』の世界とつながるような感じもあって、名前というのは本当に不思議である。?
以前歩いた八幡神社横の「ポンペイの遺跡」にも行ってみた。夕焼けに染まった空の下、前とはまたちがう雰囲気に魅了されてしばし佇んでシャッターを切る。都心の高台ならどこからも夕陽が臨めるはずなのに、田端の夕陽がことのほか印象的に感じられるのはなぜだろう。夕陽とはこういうものだったか、とはじめて心づいたような気持ちがした。(2010.7.20)

この夏は『野生の探偵たち 』になろう。

文学界前にこのページで取り上げたロベルト・ボラーニョの『野生の探偵たち』。現在発売中の『文學界』8月号に書評を書きました。登場人物が100名以上にのぼると聞くと、ためらうかもしれませんが、短編小説がたくさん入っていると思えばいいんです。白水社のサイトに登場人物一覧表がでているので、それをプリントアウトし、手元におきつつ読むのがオススメ。一度ざっと読み通して、今度はそのリストの人物を逆引しながら再読すると楽しいですよ。夏休みの読書にうってつけです!(2010.7.12)

前田司郎さんの「大きな質問」とは?

?昨夜のカタリココは6月のカタリココと雰囲気一変、終始笑いに包まれましたが、思わぬところから飛んでくる前田さんの質問にハッとなる瞬間が、いくつもありました。はじまって早々に問われたのは「”知っている”ってどういうことですか?」。ふだんよく通る道を「知っている」。家族のことを「わかっている」。「知る」「わかる」を突き詰めると、たしかに謎の領域に踏み込んでいきます。
「現実」のほうがぜったいにすごくて、芝居はそれは超えられない。でも芝居で別の角度から現実を見るきっかけを、与えることはできるかもしれない、という言葉にも納得。前田さんの芝居を観たとき、私は「写真のようだな」と直感したんですけど、理由はそれだったんだなと。写真は私たちを取り巻く現実を相手にするメディアですが、彼もまた現実を受容することを演劇の根本に据えてます。言葉に置き換えられるようなメッセージを主張するのはなく、言葉以前の状態を舞台上に再現するわけで、写真行為に近いことを肉体でやっていると言えます。
?そして最後の最後に前田さんから発せられた「大きな質問」。これが意外でした。
「大竹さんにとって幸せって何ですか」。
思わず「そんな考えたこともない」と答えたら、「じゃなんで生きてるんですか?」。彼がこういう問いを発した背後には、願いが叶ったら心の平安が得られて幸せを感じるかと思ったら、そうではなくて、逆にその平安を壊したくなる。そんな心の動きを、創作をつづけるうちに意識していったためらしい。
一言でいえば、「表現の衝動」と「人間の幸せ」はつり合わない、自分だけならまだしも、他人を不幸に巻き込んでしまうことがあるので困ったなと。人間として、まっとうな問い掛けだと思います。でも私は、幸せになるためや、心の平安を得るために生きているのではなくて。生の不安というのは常に感じているけど、表現行為はそれを忘れさせてくれるからのめり込むんです。カッコよすぎる? かもしれない。でもそれが実感かな。
前田さんは自問自答の人、物事を公正に見ようとする人。彼の小説の新しさは、それを正直に、率直に描きだす、自然体ふうだけどその実よく考えぬかれているスタイルにあると思いました。(2010.7.4)