大竹昭子のカタリココ

朗読イベント〈カタリココ〉&トークイベントのお知らせと「日々雑記」

カタリココ・レヴュー

『遠野物語』の世界に直結! 6.22の名久井直子さんとのカタリココ。

IMG_4801.jpeg名久井直子さんの装幀の印象として、だれもが挙げるのは「愛らしさ」「かわいらしさ」ではないかと思いますが、名久井さんのなかには、それとは異なる力が潜んでいるような気がし、期待を込めて『間取りと妄想』の装幀をお願いしたところ、本をご覧になってのとおり、青焼き写真を応用した実に斬新なものが出来あがりました。きっとジャケ買いした方もいたのではないでしょうか。
岩手の旧家の、鴨居に祖先の写真がずらりと並んでいる部屋で、家にある唯一の書物である電話帳と冠婚葬祭のしきたりの本を遊び道具に、保育園にも幼稚園にも行かず、ときにNHKテレビを見ながら、寝たきりのおばあさんと過ごす、というかなり特異な育ち方をしたそうです。幼稚園に行かなかったのは、面接のとき、まわりの子供たちが粗暴なのに驚き、「行きたくないです」と母親に耳打ちすると、「なら、行かなくていいです」と言われたからで、このときのお母さんの英断がすごい!と思いました。本来もっているものが、鋳型にはめられることなく、自由に伸びていったことが、その後にかなり影響したはずです。
高校では理数系に進み、将来は数学者になろうと思ったほど、論理的な思考に惹かれた、というのも、納得でした。本をデザインするには、本の形やイメージだけではなく、紙などの資材や印刷方法や価格などを、総合的に考え、判断を下す必要があります。それができてはじめてさまざまなバリエーションに対処できるわけで、名久井さんの現在の仕事の広がりには、その数学的論理性が大きく作用しているのを感じますし、しかも読書家で内容への理解も深いとなれば、無敵です!
「設計」は英語だと「デザイン」ですが、あたかも、建物を設計するように、本の要素を組み立ててひとつの「建物」にするおもしろさ。名久井さんをここまで引っぱってきたのは、それなのでしょう。彼女以前にも女性のブックデザイナーはいましたが、このように総合的に本の造りを考えて、設計しはじめたのは名久井さんの世代からで、プロ意識のレベルが徹底しています。
IMG_4806.jpeg←(会場のポポタムにて)
子供のときに寝ていた部屋に先祖の肖像画があったことは書きましたが、その最初期の人はちょんまげをゆっていて、写真ではなく、絵だった、という話に惹かれました。写真のなかの人は視線が決まっているけれど、絵のなかの人はそうではなくて、自分が部屋のどこにいてもその視線で見つめられ、怖かった、と。
写真が一般化する以前に、ホンモノそっくりのモノクロの絵を遺影として飾ることがよくあり、岩手はとくにそれが盛んで、わたしも遠野の寺に奉納されてあるのを見たことがあります。話をうかがっていて、『遠野物語』の世界が名久井さんの世界と一気につながったような、不思議な気持ちになりました!(2017.6.30)
 

森山大道さんと内田美紗さんをゲストに、写真とことばの関係を探りました。

内田美紗さんにお会いしたきっかけをお話し、「森山大道さんのお姉様です」とご紹介すると、会場にどよめきが起きました! この事実はほとんど知られていませんが、大道さんの写真と美紗さんの句をあわせて『鉄砲百合の射程距離』(月曜社)をつくったポイントはその事実を知らせることではないので、本のなかでは隠したものの、こうしておふたりが並んだからには公表しないわけにはいきません!
katarikoko_-29_convert_20170429163940.jpgkatarikoko_-19_convert_20170429164154.jpgまず本の感想を伺ったところ、森山さんのセリフがふるっていました。「姉のほうがヤクザだなあ。ボクは写真の世界ではちょっとはヤクザかもしれないけど、姉のほうが上手。見知らぬ人がここにいるという感じがする」。
そもそも、その人のふだん見えない部分が表れ出るのが表現行為のおもしろさです。その度合いが高いほどすぐれた作品です。一方、知らないのに知っているような気になってしまうのが兄弟関係。本書に接した森山さんの驚きは両方の相乗効果だったのでしょう。
冬苺
おふたりに共通するものに官能性があります。俳句と写真のセレクト作業をしながらそれを強く感じました。色っぽさ、人間のあやうさ、いやらしさに目を留めるところ、ぷるぷると震えるような瞬間を見逃さないところが似ているのです。ですから、本書ではその部分を強調しました。美紗さん曰く、「セクシーであることは大事です、男でも女でもそう。フランスの作家が、異性から興味をもたれなかったらその人は終わる、と言ってますけど、そう思うんです」。
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私のなかにつねにあるのは、「表現とは何か」という問いかけで、話はおのずとその方向に進んでいきました。
「表現っていうのは基本的にあざといものだと思うんです」(美紗)
「そうだね、隠しても隠して見えてしまう」(大道)
つまり、表現者になったからにはあざとさから逃げられない、自分のあざとさを自覚しつつ、それに流されずにどう緊張感を維持するかが勝負のしどころなのですね。

改めて、表現とはその人が世界をどう認識しているかを表明する行為なのだと感じました。人生のあれやこれやの出来事や、それにまつわる感想や情感を伝えるものではない、それではお話の域を出ず作品には昇華しません。日々を生きながら実感していることを人間の事象として普遍化させる作業なのです。MisaDaido_cover_obi_W640-min_convert_20170430115854.png「内田美紗」という特異な才能を、結社の周辺で事が進んでいく俳句界に留めておくのはもったいない、トークをしながらつくづくそう思いました。彼女の作品がジャンルの境界を超えて多くの読者に届くよう、その活動の場が広がるよう微力ながら努めていくつもりです。

5月7日まで森岡書店銀座店にて、美紗さん、大道さん、わたしのサインがはいった『鉄砲百合の射程距離』を販売しています。この本に登場する森山さんの写真展も同時開催。大道さんの写真もお手頃な価格で買い求められますので、ぜひお立ち寄りください。一般書店での販売は連休明けからになります。撮影:谷本恵(2017.4.30)

2016年11月16日、柴田元幸さんとカタリココの初心にかえって朗読の話を。

shibata_w6002.jpgカタリココは「トークと朗読の夕べ」と謳っていますが、朗読について語り合った回はあまりなかったような気がします。多和田葉子さんが、「論文でも朗読に耐えるものじゃないとだめだ」とおっしゃっていたのを思いだすくらいでしょうか。

そもそもカタリココを思いついたのは、ドイツで朗読が盛んなことを知り、東京でもやってみようと思ったのがはじまりで、多和田さんにお越しいただいたときもドイツの状況を話していただきましたが、9年間つづけるうちにカタリココが朗読イベントしてはじまったことを忘れかけていました。
10周年のトリを柴田元幸さんに務めていただいたのは、そんなことが頭にあったからです。

柴田さんにはすぐれた翻訳者としての顔がありますが、それだけではなく、CDブック『ナイン・インタビューズ』では欧米の作家にインタビューしてその「声」を集め、トークイベントでは自ら朗読をし、古川日出男さんの朗読劇「銀河鉄道の夜」に出演して活躍するなど、「声」に高い関心を寄せてきました。

欧米の作家はよく、自分の「声」を見つける、という言い方をします。『ナイン・インタビューズ』でも、カズオ・イシグロが、自分の「声」を見つけなければならないと若いころ仲間と言い合ったものだ、でも、「声」が見つかってもそれでずっといけるわけではない、常に新しい「声」を見つけださなければならない、と語ってます。この「声」は日本語だと「文体」に当たるのでしょうが、英語の「文体」には「style」という別の言葉があります。つまり、私たちが「文体」と総称しているもののなかに彼らは「voice」と表現せずにはいられない要素を見いだしているのです。
なぜ「声」なのでしょう。

ひとつは英語の文章が基本的にリーディング・スクリプトだからだ、というお話にうなずきました。欧米の作家は「ちょっと声にだして読んでください」と頼むと、ためらわずにすぐに読むそうですが、たしかに単語をそのまま発音していけば読めます。音読の必然性が高い言語なのです。それに対して日本語の文章は、漢字の読みとか、息継ぎの箇所などの問題があって練習が必要で、声にするのにワンステップあります。

それには、明治以降の文学の「文体」も関係したようです。それらは翻訳文学をお手本にしてつくられてきましたが、「翻訳調」という表現がネガティブな意味で使われてきたように、翻訳文学は言葉遣いが固いというのが相場でした。それが近代の日本文学にも影響し、声にだして読む江戸時代の浄瑠璃のような文学は廃れ、黙読が主流となって言葉の「声」の側面が失われてきたのです。

ここ数年、以前に比べると朗読が盛んになっています。そこには柴田さんの貢献もあるわけですが、「僕も大きな流れのなかのひとりなのです」と彼は述べます。村上春樹さんをはじめとして、音を意識する翻訳者が登場して翻訳文学の文体が変わってきたこと、それに影響されて若い作家の文章が変化したこと、また川上未映子さん、町田康さん、中原昌也さんなど、音楽から小説のほうに入ってきた作家が増えたことなど、言葉の「声」の側面が意識されるようになるつれて、柴田さんの活動も加速されてきたのでした。
「もういまの作家は文体がどうしたとか言わないでしょう?」と柴田さん。
「たしかに。そのうちに日本の小説家も、声が決まらなくて書き出せなかった、なんて言うようになるかもしれないですね」と私。

柴田さんが米文学を選んだのは、米文学を教えている先生がすばらしかったからで、たまたまだそうです。ということは、ここよりよい世界がどこかにあると信じるアメリカ的価値観に惹かれたのではないのですね、と問うと、はっきりと「そうではないです」。日本に生まれて、日本人の親に育てられたことはゆるがないし、自分の場所はここだし、積極的に動きたいとも思わない、「そういう意味ではアメリカ文学はよそ事です」ということばを聞いて、自分が柴田さんを信頼しているわけが腑に落ちました。

つまり、自由と民主主義を信じて理想を求めるアメリカ的価値の啓蒙者ではない、ということです。彼の献身は、作家の「声」を聞き取り日本語にするという翻訳事業に向けられているのであり、その情熱とエネルギーが半端ではないところが、すばらしいのです!10周年の節目に、朗読について、「声」について、翻訳について深く語り合うことができ、初心にもどれたような気がしました。気持ちを新たに、来春から11年目に入ります。(2016.11.24)

2016年10月6日、武田花さんをお迎えしたカタリココ

IMG_1725.jpg武田花さんには、以前からカタリココに出ていただきたいと思っていましたが、トークはお嫌いというウワサだし、ここしばらく写真展も開いていないご様子です。そこで、まずは気楽におしゃべりをしませんかと持ちかけたところ、話だけなら、とご返事がきてお会いしたのは昨年の今頃だったと思います。
そのとき、来年に写真集を出されることがわかり、展示をするのにいいチャンスです、とまずは森岡書店銀座店での写真展開催を取り付けました。それからおもむろにカタリココに話題をむけたのですが、断固とした調子で「それはダメです!」とおっしゃるのでちょっとビビリましたが、これも話しているうちに了承してくださいました。やはり、顔を合わせて話すのは大事です。信頼関係を築く第一歩は顔合わせにあり、と改めて痛感した次第。
この機会を待ち望んでいた方は多かったようで、予約開始してすぐに席が埋まりました。

写真をご覧のように、写真展はカラーが中心。モノクロに親しんでいた方は、これが武田花さんの写真?とびっくりされたかもしれません。天気のいいある日、勇んで撮影に出掛けたところ、急に撮るのが嫌になり、もう写真なんて止めてしまおうとまで思い詰め、家に帰ってまずは寝たそうです。これは猫の教えで、悩んだらまず寝る。そして起きてじっくり考えたところ、写真に飽きたのではなく、カメラにモノクロフィルムを詰めて撮り歩く自分に飽きたのだ、おなじことを繰り返すだけで発展性のない自分がモンダイなのだ、と気づきます。それで心機一転してデジカメを購入。その少し前にカメラ雑誌のインタビューで「デジカメは使わないのですか?」と問われて「興味ないです」と即答したというのに、その舌の根も乾かぬうちにデジカメで撮ることに夢中になった自分に呆れつつも、いまはとにかく色に反応するのが面白くてしょうがない。その高揚感が丸ごと二次元の世界に置き換わったような写真展でした。
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今年に出た写真集『猫光線』は表紙はカラーですし、なかにもカラー写真がたくさん載っています。私はそれをじっくりと拝見したあとに、一冊前の写真集『道端に光線』にもどってみました。「光線」という言葉が同じだなあと思いつつページを捲るうちに、いくつかの写真が色が付いてカラーになって浮かび上がってくるのに気づきました。つまり、このときに花さんはすでに色に反応して撮っていたのですね。つまり、眼はカラーで見ていたのに、フィルムカメラだったからモノクロフィルムに転写されて出てくるしかなく、自分の変化に気づきにくかったのではないでしょうか。デジカメを使ってモニターで確認するようになると、色の魅力が意識化されていきます。

ところで、『猫光線』の表紙写真には前から不思議に思っていたことがあります。真ん中にびっくりした顔の猫が両手を広げて写っているのが、どういうシチュエーションで撮ったのものか、想像がつきませんでした。これはお母さんの武田百合子さんが、飼っていたタマさんを両手で持ち上げたところを撮ったものだそうです。写真には百合子さんの手が写ってますが、友人がそれをエアーブラシで消し、「空飛ぶ猫」になったのでした!

この写真のもうひとつの秘密は猫の額に張られた「光」の文字です。馴染みのある書体のようだけど、なんなのだろうと思っていました。武田家の猫は食事がとても贅沢で、タマさんが食べていたのは一個が十個分に相当するほど値段の張るヨード光卵! それを皿に割ってあげるとき、百合子さんはいつも卵についているシールを猫の額にペタっと張り、猫はそれをつけたまま卵をぺろぺろと舐める、という武田家で習慣化していた儀式を撮った写真なのです。

百合子さんだけでなく、父の泰淳さんの話も出てきました。学校の勉強はできないし、将来の計画もないし、「あの子はバカなんじゃないか」と花さんの行く末に悩んだ泰淳さんが、そのことを友人にぽろっと漏らすと、「それならカメラを買ってやったらどうだ」と助言され、カメラを買うようにとお金をくれたそうです。カメラ屋にいって買ってきたものの当初は興味がわかなかったのが、猫を見てはじめて撮りたいと気持ちが芽生え、それに背中を押されていまにつづく長い道のりがはじまったのでした。
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自然な流れのなかで写真のこと、猫のこと、百合子さんのこと、泰淳さんのことなどが語られていき、ファンにとってはこの上なくしあわせな機会でした。花さんの「野心のなさ」は、ときに周囲を不安にさせたかもしれませんが、そのつど適切な選択を下して人生を前に押し進めてきたように思えます。長年路上で訓練してきた五感の技と猫の教えがそれを支えてきたのでしょう。
(2016.10.9)

荒木経惟さんをお迎えしての、2016年6月2日のカタリココのご報告。

007_convert_20160622102843.jpg004_convert_20160622102922.jpg017_convert_20160622102941.jpg「遅れると心配すると思ってさ!」
会場の神保町ファインアーツにアラキさんが現れたのは開演の30分も前の6時半のこと。こんなに早く来てくださったゲストは初めてで、恐縮するとともにアラキさんの心遣いに感激。数日前、『センチメンタルの旅』のコンタクトシート展でお会いしたときも、「なにを話せばいいの?」と気にしてらしたので、「私の質問に答えてくださればいいんです!」とご返事したのですが、実際にトークがはじまるとアラキさんの独壇場。つぎつぎと話題が飛び出し、会場は爆笑の渦に! 
とはいえ、『センチメンタルな旅』についてこれだけは訊きたいと思っていたことは伺えました。新婚旅行の旅程を立てたのは陽子さんで、アラキさんは言われるままに従っただけとのこと。つまり京都のあと、陸路ではなく神戸から船で九州に渡り柳川に行ったのは、陽子さんの選択だったのです。写真集の後半はその柳川のシーンで埋められ、一つの山場を成していますが、その下地は陽子さんのなかにあった水の旅のイメージだったのがわかりました。
宿泊したのは柳川藩主立花家の屋敷跡の旅館。広い庭があって、書院作りの屋敷と洋館がたっていて、でも客は彼らだけで、どこを歩いてもだれにも会わない。そこで成り行きで陽子さんのヌードを撮影、となった次第。
持参したカメラはニコンFで、レンズは20ミリ一本、というのにも驚きました。「だから顔がひん曲がったりしてんだろ?」。広角ですから、寄りで撮ると顔が横にひっぱられて歪むんですね。それがなんともシュールな味わいをかもしだしてますし、またどの写真にも遠さが感じられるのも広角レンズのためでしょう。つまり、シュールで遠い感覚の写真にしたい、という目論みのもとにこのレンズを持参したのです。
アラキさんの場合、なにを撮るかは出たとこ勝負ですが、カメラとレンズの選択は厳密になされます。それは世界との距離と関係はカメラアイに決定されるからです。ちなみに、彼は撮った写真はすべて使用機種ごとにファイルしているそうで、この話もアラキさんがカメラという「眼」にどれほど意識的かを物語っているでしょう。
今回、『センチメンタルな旅』をコンタクトも含めてじっくりと眺めて改めて、視線が老成していることに驚かされました。31歳の人が撮ったとはとても思えません!この若さでこういう写真を撮る人は、この先どうなってしまうんだろう!? と思うほど、世界に向ける眼差しに熱狂がないのです。かつてインタビューで「汗はかくけど熱しない」と語ってくれたことが印象に残ってますが、まさにそのとおりのことがデビュー写真集には出ています。
この老成した眼差しと、少年のようなやんちゃな視線という二極のあいだを写真で往還しつづけている人。それが私の思い描く「荒木経惟像」です。その振幅の大きさにこそ、彼のエネルギーの源泉があるのではないでしょうか。
アラキさんの写真を探る旅はこれからもつづく予定で、今週末にはパリのギメ東洋美術館で開催中の彼の写真展に取材にいってきます。またどこかでそのご報告ができると思いますので、楽しみにお待ちください!(2016.6.22)

*3番目の写真は『センチメンタルな旅』のページを開いてアラキさんが説明をしているところ。「向かって右の写真はタテ位置で撮ったものを横にしたみたいに見えるけど、そうではないんだ!」。陽子さんの膝枕の上から寝転んで撮ったヨコ位置写真なのです!(会場写真の撮影はサカタトモヤさん)

2015年最後のカタリココ、高野文子さんとの濃密な2時間。

IMG_9525_convert_20151117170828.jpgIMG_9518_convert_20151117170900.jpeg告白しますと、高野文子さんの作品は『ドミトリーともきんす』ではじめて知りました。マンガを読む習慣がないもので、その世界にうとかったのです。「ともきんす」を読んで、こういうマンガがありうるのか!とびっくりし、過去の作品に遡ってわかったのは、彼女のほとんどの作品が「自伝である」ということです。『チボー家の人々』に没頭する少女が主人公の『黄色い本』がそうなのは言うまでもありませんが、それ以前の作品も自伝の要素が強く、これまでくぐりぬけてきた記憶や意識世界がベースになっています。
 ひとりの人間が、どのような過程を経て、いまある表現にいきつき、この先を進もうとしているのか。カタリココの関心はいつもそこにありますが、高野さんの作品はとりわけその興味をかきたてました。そんな次第で、新潟の国鉄官舎に育った独り遊びの好きな少女が、どのようにして従来のマンガを逸脱し、独特の世界を築いてきたのか、というのが今回のテーマでした。
 絵は好きだったけど、職業にしてはいけない、趣味に留めておかなくてはいけないという考えがあった、というのも(昔の男性としてはめずらしく!)お父さまが活け花をやっていて、花器などに結構お金がかかり、こういうものを生活の手段したら大変だ、という観念が家のなかに行き渡っていたそうです。ですから職業としては看護師を選んで親をホッとさせて、好きなマンガに没頭することに。
 高野さんの作品から伝わってくるのは「憑依体質」です。何かを観察し、凝視することで、そのものに侵入してなりきってしまう、そういう「癖」が、登場人物の動きや仕種やカット割りに色濃く現れています。
 そう伝えると高野さんは「実はそうなのです」とニヤリ。自分をバラバラにしてしまうことを、マンガのなかでは大いにやっていい、日常にもどったときにピタッとくっつきさえすればいい、とかなり早い時期に自覚したとのこと。あの独特のフレーミングやズームアップの手法は、物を意味としてつかまえ統合する以前の、周囲のものが等価に存在していた幼児の体験する感覚世界に近いです。きっと当時の記憶がからだのなかにたっぷりと蓄積されているのでしょう。
 でも、そうした能力は社会では不要だし、むしろ邪魔なものです。看護学校では実習ノートというのがありました。患者の報告を書くのですが、その作業がおもしろくて何ページにもわたって記述して出すと、「感じたことを書く必要はありません」と先生にダメだしされ、落胆して部屋にもどり(寮生活だったそうです)仲間に見せたら、「小説みたいでおもしろい!」とまったくちがう反応が出ました。人間の能力には使われるべき場所があり、それを間違うと無価値になります。コマに割ってヴィジュアルに展開していくマンガというメディアに出会ったことで、幸いにも、高野さんの分身能力は救われたのでした。
 『ドミトリーともきんす』の前の『黄色い本』とのあいだには、十年以上のブランクがあります。『黄色い本』までは、最初に言ったように自伝的要素が強く、それがこの作品においてはこれ以上行かないところまで突き詰められていますが、それに比べると『ともきんす』には描き方にも内容にも大きな飛躍があります。よくここに行きついたものだと、正直なところ驚愕しました。ひとりの作家の軌跡として眺めわたすと、これは大変なことだとわかります。
 『ともきんす』は、個人的体験や記憶から遠く隔たった科学がテーマになってますが、そこに至った契機として、世の中に「顔」が溢れていることへの違和感があったといいます。ひとりひとりの顔ではなく、チラシや広告に過剰なほど氾濫している作られた「顔」の気色悪さ。それを中和してくれるものとして、科学のもつ抽象性に惹かれました。
 『ともきんす』はとも子さんと娘のきん子さんが暮らしている寮に、のちに偉大な科学者になる四人の学生さんが寄宿しているという設定です。興味を引かれたのは、とも子さんときん子さんは均一な線(製図ペン)で、学生さんは強弱のある線(筆)でというふうに描き分けられていることでした。線の世界は非常に奥深くて、線といえども面であり、その面積(つまりは線の幅)によって絵の印象や奥行きがまったく変わってきます。とも子さんときん子さんは均一な線で描かれ二次元的ですが、筆で描かれた学生さんには奥行きと立体感があり、この対照がとても効果的だと思いました。母娘がしずかに暮らしている一階のリビングに、トントンと足音を響かせて学生さんが下りてきて、突拍子もない話題を投げかけ、その場がいきなり躍動感に溢れる、そんな雰囲気がよく表れ出ているのです。
 このことに触れると、高野さんが線の描写について、非常に興味深い話をしてくれました。猫の絵を製図ペンと筆で描き分けて逆さまにして眺めると、製図ペンのものは猫に見えるけど、筆のほうは猫だか何だかわからなくなる、というのです。
 筆を使うときは、墨に浸して一気に描いていくので、途中から墨の量が減って線が細くなったり、かすれたり、動きがゆっくりの箇所では墨の出が多くなって線が太くなるなど、重力の影響を受けます。それゆえに、正立の状態で描いた猫を逆さにすると重力の法則にあわなくなり、意味がばらけて猫に見えなくなるのです。一方、製図ペンは重力に左右されないので、ひっくりかえしても猫に見える。つまり重力から自由になって平面化することで「猫」という記号になるのです。なるほど!とうならされる話でした。筆の線が走っているだけの墨絵が非常に立体的に見えるのは、考えたら不思議なことではありませんか。ひとつの絵の中に太い線と細い線が混在していると、私たちの目は太い部分を「影」として認識し、頭のなかで立体像を立ち上げるのでしょう。このように線ひとつをとってみても、考えることはたくさんあるわけで、お互いに想念を自由に広げながら思いついたことを語りあうのはトークショーの醍醐味です。
IMG_9522_convert_20151117170936.jpg「高野文子」というたぐいまれな作家の芯のようなものに触れることのできた、貴重な二時間でした。すべてをお伝えできないのが残念ですが、最後に会場からひとつだけ受けた質問への高野さんの回答がすばらしかったので、ご紹介しましょう。
「バラバラにしたあと、どうやって自分をひとつに戻すのですか?」という質問。
高野さんの答えはこうでした。読者をバラバラの世界に引き込んでも、最後にもどってこられるようにするのは描き手の責任だから、自分がもどってこられると確信できるまでは描き出さない。そして描いていないときは、リア充の友人たちとたくさん交わるようにする。看護師をしていた頃の仲間といまだに付き合いがつづいていて、彼らとのおしゃべりがいいバランスになっている、そう帰り道で話してくださったことを付け加えておきます。
 次のテーマは「こどもの福祉」で、いま児童施設に通ってスケッチをしているとのこと。会場ではそのイラストも配られましたが、『ともきんす』があってはじめて到達できたと感じさせる魅力的な世界でした。ちくまプリマーブックスの一冊として来年刊行の予定だそうなので、お楽しみに!(2015.11.18)
*今回で2015年のカタリココは終了です。2016年は6月からスタート、来年はなんと10周年です。新たなラインナップにご期待ください!

石川直樹さんとのカタリココ

004_convert_20151002185424.jpg9月30日に石川直樹さんをお迎えしてのカタリココ、みっちり2時間、彼の写真について話を伺いました。石川さんはトークの機会は多いのに、写真そのものについてはあまり話すことがないのは、登山や旅など、活動についての話を求められることが多いからなのでしょう。
そこで今回は写真のみに限ってトークしたわけですが、カメラの機種から影響を受けた写真家の話など、これまであまり語れてこなかった内容で大変におもしろく、すぐにでも報告を書きたかったのですが、なかなか時間が見つけられず、そうこうするうちにシャネル・ネクサス・ホールから、12月にそこで行われる石川さんの写真展のカタログに寄稿してほしいと依頼がきました。「K2」登頂や旅のことではなく、石川直樹の写真について書くという内容で、それならばとお引き受けし、カタリココで伺った話しなども盛り込みながら書いたのですが、8000字と結構長く、それに取りかかっているうちにこちらの報告を書く機会を逸してしまいました。006_convert_20151002185501_convert_20151002185723.jpg
そこで長く書いてしまったために再びここでそれを繰り返す気が起きません。繰り返しがダメな性格なものでお許しを。ですので、先日のカタリココの内容にご興味のある方は、12月に出るこのカタログを手に入れてください!
非売品ですので、オープニングでは配られますが、それ以外にはどうやったら手に入るのかわからないのですけど…。(2015.11.1)
Naoki Ishikawa Photo Exhibition “K2” 
2015年12月5日(土)- 12月27日(日)12時 - 20時 無休・入場無料
http://www.chanel-ginza.com/nexushall/2015/naokiishikawa/

高橋秀実さん、カタリココにて初トーク&朗読!

IMG_2813_convert_20150717175342.jpegIMG_2814_convert_20150717175848.jpegIMG_2857_convert_20150717175518.jpegおそくなりました! 2014年7月16日のカタリココのご報告をいたします。まずは写真をご覧ください。ゲストの高橋秀実さんの百面相を見るだけで、どんな雰囲気だったかお分かりになるのではないでしょうか!
こちらの質問に、真剣に回答される高橋さんのユーモラスな魅力に、見ている者は完全にノックアウトされ、終始笑いが絶えませんでした。つまり抱腹絶倒だったわけですが、高橋さんにはおもしろがらせようという意図はないようです。文章を書くときも同様で、だから本の帯には「ぜったいに抱腹絶倒と書かないでください!」と編集者に頼むとのこと。おもしろく書こうとするわけではなくて、物事を詳細に観察し、考察し、分析した結果にそうなるのです。高橋さんの存在が人間のおかしさをあぶり出してしまうのですね。まさに文は人なり。
 後半、関川夏央さんが加わってくださいましたが、「高橋君は社会派じゃないから」という彼のコメントに納得しました。そうなんです。社会問題を取り上げても、そこから浮かび上がってくるのは、解答や解決の方法ではなく、人間存在のいい加減さや頼もしさ、おかしみや悲しみなのです。ほかのノンフィクションとは異質で、まるで南米文学を読んでいるかのようです!(考えてみれば、日本は政治はいい加減なのに庶民は逞しいところが南米に似ているような……)
 朗読ははじめてとのことで、本当に読むんですかぁ……とためらっていましたが、読み始めるとよく響く低音の声が雰囲気たっぷりで聞き惚れました。これまで高橋さんのトークショーは「お声がかからなかった」とのことでほとんど開かれていませんでしたが、これほどすぐれた語り手はめったにいるものではありません。その魅力に真っ先に触れることができて、とても光栄でした!(2015.7.26)

2015年カタリココのトップバッターは、内藤礼さん!

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 2015年6月4日ボヘミアンズ・ギルドでおこなわれた本年最初のカタリココは、美術家の内藤礼さんにお越しいただきました。開演の7時には予約者全員が席に着き、めったに公の場にでられない内藤さんのことばを固唾を呑んで見守りました。
 私が内藤さんとお話しをしたいと思ったのは、昨年東京都庭園美術館での「信の感情」展で「地上はどんなところだったか」という映像作品を観たことです。内藤さん自らビデオカメラを握ったこと、撮影のために沖縄にいったこと、それになにより、そこに映っている人々がカメラなど存在しないように自然にふるまっているのに驚かされました。
 作品には「ちいさな人」が出てきます。目だけがついた木で彫られたひとがたです。この「人」を彫り出したのは東日本大震災後。人を作ろうという強い衝動が起きてたくさん作り、そのうちの一人を沖縄本島最北にある奥という集落に連れていきました。その人は「見たものを希望だと思って信じて疑わない人」です。人間ではそういうことはあり得ないですから、内藤さんが作りましたが、内藤さんを超えた何かであろうとする存在です。
 その「小さな人」を村の各所に置き、その人の目と化して奥集落を撮影しました。その「人」がなにかを見たと実感するまで見つめつづけるという集中した時間のなかで、撮影者が消え、視線そのものになったのでしょう。村人が意識せずに振る舞えたのはそういうことだろうと想像します。尋常でない集中力が発揮されると、体はそこにあるのにいなくなるというマジックが起きますから。
 自意識や自我は内藤さんの大きなテーマですが、私にとっても同じで、後半はその話に発展しました。自我から離れたいという思いと、自己を確立したいという思い。自分を知られたくないという思いと、作品を見てほしいという思い。相矛盾する感情ですが、何事かに集中する時間を持つことで忘我になり、そのあいだを通り抜けていくことが生きる実態なのかもしれません。
 最近内藤さんは、絵に色が付くだけで楽しくなったり、物の形を見るだけでうれしくなったりすることがあるそうです。何も起きていないのに、何の理由もないのに、おかしくなって、ふふっと笑ってしまう。「年をとると思ってもみなかったことが起きます」ということばに心から同感。
 最後に内藤さんが発せられたとても有効なことばを書き留めておこうと思います。「私は「私を生きる係」をやっているのです」。「役割」でも「役目」でもなく、「係」という慎ましいさがいいです。「私」にこだわりすぎたり、自意識に絡めとられそうになったとき、このことばを唱えてみると、縛っているロープがはらりと解けそうに思います!(2015.6.10)



  

2014 年カタリココのトリは藤野可織さん!

IMG_9155.jpeg藤野さんの芥川賞受賞のとき、いろんな対談やインタビューが出たので、それらの内容にかぶらないようにすると、やっぱり写真の話題から入るのがいいな、とタリココに臨みました。
藤野さんが写真をはじめたのは大学時代。絵画部に入りたかったけど、部室の雰囲気が面倒くさそうで、友人が写真部にしたので釣られてはいった、という気軽な動機だったようですが、はじめてみると、失敗した写真がおもしろい、というか、写真に失敗はあるの?と感じてしまったあたりに、すでに藤野さんの小説観が出ています。
 「正確に書きたい」。かつて堀江敏幸さんとの対談で藤野さんはこう語りましたが、それは何に対しての正確さなのか、ということがずっとひっかかってました。小説には、育児をまともにしない人とか、だれとでも気軽に寝る人とか、感情が希薄で意志薄弱な人とか、人の迷惑を顧みない図々しい人とか、社会から批判の的になるような人物が数多く登場します。そうした人々を倫理的な価値判断を加えずに、あるがまま認めて記述すること、それが「正確に書く」ことの本意です。

これは写真にとても近い態度だと感じました。写真は目の前の物事に反応し、受け止めることから出発します。倫理的判断や価値づけはそれを見る人が行うものであり、写真そのものには倫理は写りません。一方、言葉は意味をもっていますから、それを選び連ねていくことには価値や判断が伴い、倫理から自由になるのは容易ではなく、犯罪者を描こうとするなら、犯罪小説というジャンルで書くか、純文学なら主人公の告白にするか、大ざっぱに分けてそうなります。なぜ、そのような規制を受けるのか。これは端的に言うと読者のためです。イヤな奴を書くことで作者は何を言いたいのかを求める社会の都合でしかありません。
IMG_9157_convert_20141130110130.jpeg写真のすごさ、おそろしさは、ものの意味を分解し、世界との距離を変えてしまうところです。藤野さんの小説はよく「ホラー」的だと言われますが、ホラーを書いているわけではなく、写真で物を見るように世界の物象を記述すると、世間一般が「ホラー」と呼ぶものに接近してしまうということなのです。
 いま書いている小説が隘路に入って苦しんでいるそうですが、当然でしょう。詩ではなく散文の言語領域で、しかも物語を放棄せずに因果律を越えるというのは、大変な冒険です。新作を心待ちにしたいと思います。(2014.11.30)

写真上:降臨会のようだが、トークしているところ
写真下:4人の悪魔とともにツーショット。
「いけにえ」が芥川賞候補になったときに、単行本の表紙のためにイシイリョウコさんに悪魔の人形の制作を依頼。できあがった4人のうち、藤野さんが貰い受けた2人を、今回ご持参くださり、イシイさんの手元にあった2人と再会。4人の悪魔は現在、ポポタムに展示中です。

*トーク内容は2月発売の「文学界」3月号に収録されます。
*今回が2014年最後のカタリココで、来年度は2015年6月スタートです。