大竹昭子のカタリココ

朗読イベント〈カタリココ〉&トークイベントのお知らせと「日々雑記」

〈カタリココ〉はトークと朗読のイベントです。
「語り」と「ここ」を合わせて〈カタリココ〉。
都内の四つの古書店を会場に、ゲストとトークしながらそれぞれの著書を朗読します。

これからのカタリココこれまでのカタリココ カタリココ・レヴュー

〈カタリココ〉〈カフェ・カタリココ〉以外の書店のイベント、写真のレクチャー、
シンポジウムなどについてご案内いたします。
写真:「西荻ブックマーク」主催の写真レクチャー&トーク

その他のイベント

大竹昭子(おおたけ・あきこ)
ノンフィクション、エッセイ、小説、写真評論など、ジャンルを横断して執筆。2007年にトークと朗読の会〈カタリココ〉をはじめる。また2011年3月に東日本大震災後、詩人や作家にことばをもちより朗読してもらう「ことばのポトラック」をスタート、現在も渋谷・サラヴァ東京にて継続中。 著作リストtwitter

[web連載]ときの忘れもの「迷走写真館」, 紀伊國屋書店「書評空間」, 月曜社「森山大道のon the road」, 草森紳一記念館「白玉楼中の人」

おしらせ&雑記

9月の迷走写真館はこの写真です!

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獰猛なイメージのあるカラスとこんなふうに口先を合わせられるなんて、よほど深い関係にあると思わずにはいられません。
ふたりが口を寄せてやりとりしているものが何なのかも、気になります。
それはきっと、食べ物以上の何か、なのでしょう。→ギャラリーときの忘れもの(2017.9.5)

7月の津村記久子さんとのトークがウェブマガジンOURS.に掲載されました!

7月に大阪・心斎橋アセンスで津村記久子さんと『間取りと妄想』についてトークをしました。その内容がウェブマガジンOURS.に2回にわたって載ります。ふたりで興奮してしゃべりまくって、あっという間に時間がすぎ、何を話したのだか忘れてしまうほどだったのですが、読み直して見て自分でいうのも何ですが、おもしろかったです。津村さんとは初対面だったもの、作品を読んでいると他人とは思えないような気がして、勝手に「同類感」を抱いていたのですが、とんでもない方向に話が飛んでいくところが最高でした! 
ちなみに、関西配信のこのウェブマガジン、とても新鮮な内容で、街好き、物件好き、間取り好きにはたまらないです。→OURS. (2017.9.5)

9月のカタリココの予約がはじまってます!

ゲストは小説家の長嶋有さん。昨年、長嶋さんの『三の隣は五号室』を読んで以来、つぎのカタリココではぜひ長嶋さんとトークしたい! と熱望しました。念願かなって千駄木・古書ほうろうにて9月29日におこないます。以下は店主・宮地健太郎さんのコメント。
「とある木賃アパートの「変な間取り」の一室と、そこでの半世紀十三世帯の暮らしを描いた、長嶋有さんの『三の隣は五号室』。こんな切り口があったとは! という驚きとともに浮かび上がってくるのは、過去に自分が住んだ部屋の様々な細部と、もはや忘れていたような情景の数々。読後もじわじわと余韻が続き、大切な一冊となりました。『間取りと妄想』(亜紀書房)を上梓した大竹さんとの対談、とても楽しみです」(2017.9.3)

日時:2017年9月29日(金)19時開場/19時30分開演
会場:古書ほうろう 東京都文京区千駄木3‐25‐5
予約:電話 03-3824-3388
   e-mail horo@yanesen.net.http://horo.bz/


8月の迷走写真館はこの写真です!

a4ed5944-s.jpg腕を組んで、道いっぱいに広がりながら進む、フランス式デモ。
女性が結構まじっていて、さまざま年齢の人がいて、歩き方がだらだらしてなくて意識的です。歩くことの力強さが、そのまま抗議の気持ちになって現れでているような、実に印象的な写真。→ギャラリーときの忘れもの(2017.8.3)

「エッセイと小説のあいだ」というテーマで、代官山ヒルサイドライブラリーでトークします。

エッセイは実際にあったことを書いたものだけど、小説は虚構が混じっている、と思っている方は意外に多いのではないでしょうか。でも、考えてみると、エッセイに虚構が入ることはよくあるし、その逆に、実際に体験したことを小説に書くことも少なくなく、虚構か、現実かで両者を線引きすることは困難。
それに、体験を書くにしても、実際に起きたことをトリミングして表現するわけで、軸足がどこにあるにせよ、虚構化の作業なくしては作品は完成をみないわけです。

私はつねに、本当みたいと思えるような噓、噓みたいに思える本当に惹かれてきました。現実と虚構のあわいや、揺らぎのなかに見え隠れする人間の意識の奥深さに、魅了されるのです。写真が好きなのも、現実にむかってシャッターを押しながら、写されたものは現実そのものではないからで、そういう感覚は文章の書き方、読み方にも現れでるようです。

昨年、同じ会場で須賀敦子さんについてトークしましたが、須賀さんも現実の虚構化について真剣に考えた方でした。そこで、今年、ライブラリーの蔵書におさめる10冊を私がセレクトしトークする、というご依頼をいただきたとき、「エッセイと小説のあいだ」というテーマをもうけて、10作家の10作品を選ぶことにしたのです。

エッセイには身辺雑記というイメージがつきまといますが、わたしが理想とするエッセーとは、身近な話題が飛躍を重ね、最後にとんでもない場所に着地するというものです。どんな作品が選ばれたかは当日のお楽しみとして、取り上げる作家名はヒルサイドライブラリーのWebサイトでご覧いただけます。

日時:2017.7.25(火)19:00〜20:30
会場:ヒルサイドライブラリー(ヒルサイドアネックスB棟3F)
会費:一般2000円、ヒルサイド会員・学生 1000円
予約:電話03-5489-1267 e-mail info@clubhillside.jp
http://hillsideterrace.com/events/1183/

7月23日、大阪で津村記久子さんと間取りトークをします!

DDslverUIAAYddQ_convert_20170702120527.jpg津村記久子さんはマドリスト? というのも、彼女の小説からはまぎれもなく空間が浮かんできます。川端賞を受賞した「給水塔と亀」(『浮遊霊ブラジル』収録)なんて、頭のなかで映画が一本撮れてしまうほど、細部がくっきりしています。空間がお好きなことは、まちがいないです。
津村さんは、カタリココにお呼びしたくとも、大阪在住でらっしゃるので、なかなか叶いませんでしたが、このたび大阪でトークが実現してうれしいです。関西のみなさま、ぜひどうぞ!

日 程 : 2017年7月23日(日)
時 間 : 開始 / 14:00~(開場 / 13:30~)
入場料 : 1000円
場 所 : アウラの部屋 心斎橋アセンス3階
出 演 : 大竹昭子 × 津村記久子

申し込みは→心斎橋アセンス

『遠野物語』の世界に直結! 6.22の名久井直子さんとのカタリココ。

IMG_4801.jpeg名久井直子さんの装幀の印象として、だれもが挙げるのは「愛らしさ」「かわいらしさ」ではないかと思いますが、名久井さんのなかには、それとは異なる力が潜んでいるような気がし、期待を込めて『間取りと妄想』の装幀をお願いしたところ、本をご覧になってのとおり、青焼き写真を応用した実に斬新なものが出来あがりました。きっとジャケ買いした方もいたのではないでしょうか。
岩手の旧家の、鴨居に祖先の写真がずらりと並んでいる部屋で、家にある唯一の書物である電話帳と冠婚葬祭のしきたりの本を遊び道具に、保育園にも幼稚園にも行かず、ときにNHKテレビを見ながら、寝たきりのおばあさんと過ごす、というかなり特異な育ち方をしたそうです。幼稚園に行かなかったのは、面接のとき、まわりの子供たちが粗暴なのに驚き、「行きたくないです」と母親に耳打ちすると、「なら、行かなくていいです」と言われたからで、このときのお母さんの英断がすごい!と思いました。本来もっているものが、鋳型にはめられることなく、自由に伸びていったことが、その後にかなり影響したはずです。
高校では理数系に進み、将来は数学者になろうと思ったほど、論理的な思考に惹かれた、というのも、納得でした。本をデザインするには、本の形やイメージだけではなく、紙などの資材や印刷方法や価格などを、総合的に考え、判断を下す必要があります。それができてはじめてさまざまなバリエーションに対処できるわけで、名久井さんの現在の仕事の広がりには、その数学的論理性が大きく作用しているのを感じますし、しかも読書家で内容への理解も深いとなれば、無敵です!
「設計」は英語だと「デザイン」ですが、あたかも、建物を設計するように、本の要素を組み立ててひとつの「建物」にするおもしろさ。名久井さんをここまで引っぱってきたのは、それなのでしょう。彼女以前にも女性のブックデザイナーはいましたが、このように総合的に本の造りを考えて、設計しはじめたのは名久井さんの世代からで、プロ意識のレベルが徹底しています。
IMG_4806.jpeg←(会場のポポタムにて)
子供のときに寝ていた部屋に先祖の肖像画があったことは書きましたが、その最初期の人はちょんまげをゆっていて、写真ではなく、絵だった、という話に惹かれました。写真のなかの人は視線が決まっているけれど、絵のなかの人はそうではなくて、自分が部屋のどこにいてもその視線で見つめられ、怖かった、と。
写真が一般化する以前に、ホンモノそっくりのモノクロの絵を遺影として飾ることがよくあり、岩手はとくにそれが盛んで、わたしも遠野の寺に奉納されてあるのを見たことがあります。話をうかがっていて、『遠野物語』の世界が名久井さんの世界と一気につながったような、不思議な気持ちになりました!(2017.6.30)
 

『遠野物語』の世界に直結!名久井直子さんとのカタリココ、6.22@ポポタム

IMG_4801.jpeg名久井直子さんの装幀の印象として、だれもが挙げるのは「愛らしさ」「かわいらしさ」ではないかと思いますが、名久井さんのなかには、それとは異なる力が潜んでいるような気がし、期待を込めて『間取りと妄想』の装幀をお願いしたところ、本をご覧になってのとおり、青焼き写真を応用した実に斬新なものが出来あがりました。きっとジャケ買いした方もいたのではないでしょうか。
岩手の旧家の、鴨居に祖先の写真がずらりと並んでいる部屋で、家にある唯一の書物である電話帳と冠婚葬祭のしきたりの本を遊び道具に、保育園にも幼稚園にも行かず、ときにNHKテレビを見ながら、寝たきりのおばあさんと過ごす、というかなり特異な育ち方をしたそうです。幼稚園に行かなかったのは、面接のとき、まわりの子供たちが粗暴なのに驚き、「行きたくないです」と母親に耳打ちすると、「なら、行かなくていいです」と言われたからで、このときのお母さんの英断がすごい!と思いました。本来もっているものが、鋳型にはめられることなく、自由に伸びていったことが、その後にかなり影響したはずです。
高校では理数系に進み、将来は数学者になろうと思ったほど、論理的な思考に惹かれた、というのも、納得でした。本をデザインするには、本の形やイメージだけではなく、紙などの資材や印刷方法や価格などを、総合的に考え、判断を下す必要があります。それができてはじめてさまざまなバリエーションに対処できるわけで、名久井さんの現在の仕事の広がりには、その数学的論理性が大きく作用しているのを感じますし、しかも読書家で内容への理解も深いとなれば、無敵です!
「設計」は英語だと「デザイン」ですが、あたかも、建物を設計するように、本の要素を組み立ててひとつの「建物」にするおもしろさ。名久井さんをここまで引っぱってきたのは、それなのでしょう。彼女以前にも女性のブックデザイナーはいましたが、このように総合的に本の造りを考えて、設計しはじめたのは名久井さんの世代からで、プロ意識のレベルが徹底しています。
IMG_4806.jpeg←(会場のポポタムにて)
子供のときに寝ていた部屋に先祖の肖像画があったことは書きましたが、その最初期の人はちょんまげをゆっていて、写真ではなく、絵だった、という話に惹かれました。写真のなかの人は視線が決まっているけれど、絵のなかの人はそうではなくて、自分が部屋のどこにいてもその視線で見つめられ、怖かった、と。
写真が一般化する以前に、ホンモノそっくりのモノクロの絵を遺影として飾ることがよくあり、岩手はとくにそれが盛んで、わたしも遠野の寺に奉納されてあるのを見たことがあります。話をうかがっていて、『遠野物語』の世界が名久井さんの世界と一気につながったような、不思議な気持ちになりました!(2017.6.30)
 

森山大道さんと内田美紗さんをゲストに、写真とことばの関係を探りました。

内田美紗さんにお会いしたきっかけをお話し、「森山大道さんのお姉様です」とご紹介すると、会場にどよめきが起きました! この事実はほとんど知られていませんが、大道さんの写真と美紗さんの句をあわせて『鉄砲百合の射程距離』(月曜社)をつくったポイントはその事実を知らせることではないので、本のなかでは隠したものの、こうしておふたりが並んだからには公表しないわけにはいきません!
katarikoko_-29_convert_20170429163940.jpgkatarikoko_-19_convert_20170429164154.jpgまず本の感想を伺ったところ、森山さんのセリフがふるっていました。「姉のほうがヤクザだなあ。ボクは写真の世界ではちょっとはヤクザかもしれないけど、姉のほうが上手。見知らぬ人がここにいるという感じがする」。
そもそも、その人のふだん見えない部分が表れ出るのが表現行為のおもしろさです。その度合いが高いほどすぐれた作品です。一方、知らないのに知っているような気になってしまうのが兄弟関係。本書に接した森山さんの驚きは両方の相乗効果だったのでしょう。
冬苺
おふたりに共通するものに官能性があります。俳句と写真のセレクト作業をしながらそれを強く感じました。色っぽさ、人間のあやうさ、いやらしさに目を留めるところ、ぷるぷると震えるような瞬間を見逃さないところが似ているのです。ですから、本書ではその部分を強調しました。美紗さん曰く、「セクシーであることは大事です、男でも女でもそう。フランスの作家が、異性から興味をもたれなかったらその人は終わる、と言ってますけど、そう思うんです」。
katarikoko_-2_convert_20170429163528.jpg
私のなかにつねにあるのは、「表現とは何か」という問いかけで、話はおのずとその方向に進んでいきました。
「表現っていうのは基本的にあざといものだと思うんです」(美紗)
「そうだね、隠しても隠して見えてしまう」(大道)
つまり、表現者になったからにはあざとさから逃げられない、自分のあざとさを自覚しつつ、それに流されずにどう緊張感を維持するかが勝負のしどころなのですね。

改めて、表現とはその人が世界をどう認識しているかを表明する行為なのだと感じました。人生のあれやこれやの出来事や、それにまつわる感想や情感を伝えるものではない、それではお話の域を出ず作品には昇華しません。日々を生きながら実感していることを人間の事象として普遍化させる作業なのです。MisaDaido_cover_obi_W640-min_convert_20170430115854.png「内田美紗」という特異な才能を、結社の周辺で事が進んでいく俳句界に留めておくのはもったいない、トークをしながらつくづくそう思いました。彼女の作品がジャンルの境界を超えて多くの読者に届くよう、その活動の場が広がるよう微力ながら努めていくつもりです。

5月7日まで森岡書店銀座店にて、美紗さん、大道さん、わたしのサインがはいった『鉄砲百合の射程距離』を販売しています。この本に登場する森山さんの写真展も同時開催。大道さんの写真もお手頃な価格で買い求められますので、ぜひお立ち寄りください。一般書店での販売は連休明けからになります。撮影:谷本恵(2017.4.30)