大竹昭子のカタリココ

朗読イベント〈カタリココ〉&トークイベントのお知らせと「日々雑記」

〈カタリココ〉はトークと朗読のイベントです。
「語り」と「ここ」を合わせて〈カタリココ〉。
都内の四つの古書店を会場に、ゲストとトークしながらそれぞれの著書を朗読します。

これからのカタリココこれまでのカタリココ カタリココ・レヴュー

〈カタリココ〉〈カフェ・カタリココ〉以外の書店のイベント、写真のレクチャー、
シンポジウムなどについてご案内いたします。
写真:「西荻ブックマーク」主催の写真レクチャー&トーク

その他のイベント

大竹昭子(おおたけ・あきこ)
ノンフィクション、エッセイ、小説、写真評論など、ジャンルを横断して執筆。2007年にトークと朗読の会〈カタリココ〉をはじめる。また2011年3月に東日本大震災後、詩人や作家にことばをもちより朗読してもらう「ことばのポトラック」をスタート、現在も渋谷・サラヴァ東京にて継続中。 著作リストtwitter

[web連載]ときの忘れもの「迷走写真館」, 紀伊國屋書店「書評空間」, 月曜社「森山大道のon the road」, 草森紳一記念館「白玉楼中の人」

おしらせ&雑記

<カタリココ文庫>創刊号は以下のお店で買えます!

<沖縄> 
市場の古本屋 ウララ(那覇)

<九州>
Minou Books(吉井町)
本のあるところajiro(福岡)

<中国>
READIN DEAT(広島):
ろばの本屋(長門)
汽水空港(鳥取)

<関西>
花森書林(神戸)
Storage Books(神戸)
casimasi(宝塚)
FOLK old book store(大阪)
blackbird books(大阪)
スタンダードブックストア(大阪)
長谷川書店(大阪)
恵文社一乗店(京都)
誠光社(京都)

<中部>
シマウマ書房(名古屋)
ONREADING(名古屋)
ブックス長谷川(新潟)

<東京>
ブックギャラリーポポタム(目白)
古書ほうろう(池之端)
ボヘミアンズギルド(神田神保町)
青いカバ(駒込)
title(荻窪)
音羽館(西荻窪)
SPBS 神山町(渋谷)
オントエンリズム(阿佐谷)
Amleeron ( 高円寺)
パラボリカ・ビス(柳橋)

<関東>
bullock books(栃木県矢板市)

<東北>
くものす洞(石巻)

<北海道>
アダノンキ(札幌)

9/12にスリバチ学会の皆川典久さんと、東京凸凹散歩トークをします!

9784750515946-204x300.jpg東京の起伏に富んだ地形を「スリバチ」と名付けて、10年以上の長きにわたって活動してこられたスリバチ学会会長、皆川典久さん。どうやれば東京の地形をトレースできるか、歩行の愉しみを満喫できるかを皆川さんと語り合います。

前半では東京の凸凹のポイントをおさえ、後半は具体的にトーク会場の下北沢周辺の地形を見ていきます。ふだんはお店に気を取られてわからなかったシモキタの起伏が、全身に染み渡ってくるでしょう。

面的な広がりでも、起伏の多さでも、東京ほど街歩きの愉しさに満ちた都市はないはずです。少しばかり想像力を傾ければ、驚くほど魅力が深まっていくのです。歩きたいけれど、どこを歩いたらいいかわからない、おもしろがり方がわからない、地形図を見ても地形がアタマにはいっていかない、という方、必見です!

当日、参加者の方には「シモキタ散歩地図」(自家製)をさしあげます。
次の週末にはきっと靴を鳴らして歩きたくなるでしょう!(2019.8.29)

日時 9月12日(木)20時〜
予約は 本屋B&B へ。

<カタリココ文庫>を出版! 創刊号は『高野文子「私」のバラけ方』です。

IMG_1525_convert_20190826150012.jpgカタリココは、そこにいらした方だけが聴くことのできる1回かぎりの出来事で充分だとこれまで思ってきましたが、昨年、美術家の福田尚代さんとのトークが、彼女の所属する小出由紀子事務所の尽力により冊子になったのをきっかけに、考えが変わりました。文字起こしと再構成の作業がことのほかおもしろかったのと、文字で読める言葉にすることで、話した内容が自分のなかに深く定着するように感じられたのです。トークでは場の熱はよく伝わりますが、語られた言葉を反芻したいときにはもどかしく、カタリココも13年目に入ったいま、出版にふみだしてもいいかもしれないと思いました。
 創刊号では、申し込み者多数だったにもかかわらず、30名しか聞けなかった2015年11月の高野文子さんとのトークを載せることにしました。内容を再構成して高野さんとも何度もやりとりしながら最終稿をつくり、加えて高野さんに近況をインタビューして収録しました。わたしは漫画界にはうといですが、それがゆえに、漫画という表現メディアについてこれまで高野さんの口から語られてこなかったことが伺えたように思います。
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現在はカタリココ開催店でのみ扱っていますが、徐々に注文をとって広げていこうと思います。
お店で販売してみたいという方はinfo@katarikoko.comにご連絡ください。
個人のご注文はブックギャラリーポポタムのオンラインストアをご利用ください。
文庫サイズ、図版入り、背表紙つき、38ページ。
1冊700円




須賀敦子さんの生まれ故郷で写真展をいたします!

いよいよだなあという気持ちです。
長いことずっと、いつか須賀さんの故郷でできたら、と思ってきましたから!
展覧会場は、旧海文堂書店のオーナー島田誠さんが主宰するギャラリー島田
初日には、須賀さんと親しかったイタリア文学者の武谷なおみさんとトークします(2019.8.19)。
期間:9/7(土)~9/12(木)
トークショー:9/7(土)16:00〜 1000円 要予約   

次回のカタリココのゲストは画家の諏訪敦さん、予約開始は8/21です!

諏訪敦さんがトークに出られるのはめったにないことです。
彼の作品が展示された空間でお話をするという貴重な機会をお見逃しなく!
定員20名ですぐに埋まってしまいそうですので、参加ご希望の方はいまから手帳にマークしてください。
以下は森岡書店の森岡さんからのコメントです。

「写真ついて独自の評論を行う大竹昭子さんが、諏訪敦さんの絵画をどのように「視る」かに関心があります。また、諏訪さんは『芸術新潮』にて書評の連載を担当し、大竹さんは朝日新聞書評委員の経験があるなど、お二人とも精力的に書評を書かれています。この時代に本を読む意義、或いは「視る」ことへの影響などもお聞きできたらと考えています。(森岡)

◎日時 9月21日(土) 19時開場/19時30分開演
予約開始 8月21日(水)13時より電話予約
ゲスト  諏訪敦(画家)
定員   20名
会場    銀座・森岡書店
   電話 03-3535-5020
FB  http://facebook.com/yoshiyuki.morioka.7

◎諏訪敦(すわあつし)プロフィール
1967年北海道に生まれる。武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。同大学大学院修士課程修了。同大学教授。画家。1994年文化庁芸術家派遣在外研修員に推挙、2年間スペインに渡る。2014年絵画作品集『Blue』を青幻舎より刊行。

『東京凸凹散歩』についてラジオ番組「マイあさ!」でお話しました!

この番組を聴いた友人から、いつもは無愛想なのに、番組だとずいぶんサービス精神旺盛だねえ、と言われちゃいました。
否定しません……。たしかにそう。電話でマニュアルぽい応対をされると無愛想を超えて不機嫌な話し方になるというのに、マイクを前にすると性格が変わり、「それでは、行きます!」とキューが出たとたんに、陽気な気分になります。
テレビは公衆にむかって、ラジオは個人にむかってしゃべるもの、とどなたかが言っておられるそうですが、見えない相手に声だけで語りかける感じがたまらない……。→NHK番組「マイあさ!」(2019.8.2)

8月の迷走写真館はこの写真です!

_convert_20190801161921.png冬枯れの木々の下にたつ4人の女性たち。ぜんいんが顔を前にむけて同じ方向に見入りつつ、来るべきものを待っている様子ですが、それがなにかを写真が説明していないゆえに、ドラマでもはじまりそうな予感を与えます。(2019.8.1)→ギャラリーときの忘れもの

2019.7.13 志賀理江子さんのカタリココ

    shiga_convert_20190717125038.jpg

 私が志賀理江子さんに注目するようになったのは、2008年に木村伊兵衛賞を受賞したときのこと。これまでとはちがう写真家が登場したという印象は、「螺旋海岸」「Human Spring」とつづけて見ていくうちにますます深まっていきました。
 写真には大きく分けてTAKE とMAKEの要素がありますが、志賀さんは最初からイメージをMAKEする手法をとっています。なぜ「撮る」ではなく「創る」なのか、そのイメージの源泉にはなにがあるのか、それがずっと気になっていました。
 というのは、私にとって写真の魅力とは撮り手を見知らぬ現実に引っ張りだしてくれることにあり、もし頭に描いたイメージを作るならば絵のほうがふさわしいだろうという思いがあったからです。
 結論から言うと、2時間ぶっつづけで話し、いまにいたる軌跡をうかがい、ようやく彼女が「創る」ことの必然性が理解できました。
志賀さんは子どものとき、自分のことをうまく言葉で説明できず、身体表現に惹かれて十代半ばまでクラシックバレエに打ち込みます。思春期を迎えてからだが変化し、どうやっても自分の求めるイメージを実現できないとわかったとき、家にあった親のカメラで弟を演出して撮ったのが写真との出会いでした。ですから、最初から演出写真だったのです。
 演出しても完璧にコントロールすることは無理で、予測不可能な現実が写り込みます。それがわかってからは、イメージと現実との関係をさぐることが興味の中心になりました。
 とはいえ、当初はずいぶんと悩んだそうです。ボタンを押すだけで目の前のものが写せてしまう写真は、ほとんど「万引き行為」のようなもの。「予想不可能な現実」とは、あくまでも画面のなかの出来事で、いつまでたってもその中に入り込めないというジレンマに苦しんでいたのが、木村伊兵衛賞を受賞したころだったといいます。
 この言葉を聞いて、そうだったのか!と膝を打つような思いでした。
 受賞の対象となったのは、『Lilly』 『Canary』 の2冊ですが、実を言うと私はこれらの写真集の意図がよく解りませんでした。不穏で、不吉で、呪いに満ち、「B級ホラー」といった批評家がいましたが、その言葉を否定できないような既視感もあり、どうしてこのようなイメージを生み出すのだろうと疑問に思ったのです。
 魅了されたのは、写真よりもむしろ彼女の言葉でした。授賞式の場で彼女が読み上げた、切実な声がみなぎった文章にノックアウトされたのです。
 当時、志賀さんはダークなイメージに惹かれ、抑えようとしても手が動いてしまう自分に悩んでいたといいます。跪くような気持ちで生み出したイメージにもかかわらず、他者を使ってそのイメージを作ってしまう自分を咎めもし、引き裂かれた自己をなんとか一つにしたいと模索したあげくに、言葉に行き着きました。長いこと遠ざけていた言葉にこうして再会し、写真を撮りながら同時に記憶を探ったり、意識下に眠るものを掘り起こすという写真と言葉をつなぐ作業をはじめるのです。 _convert_20190717125334.jpg
多くの写真家のように、カメラを手に目の前の現実に入っていくという選択をしなかったのは、愛知県岡崎の同じ住宅が建ち並ぶのっぺりした郊外風景のなかで育ったことが関係しているかもしれないと語ります。一見、明るくて闇のない安全そうな世界は、手応えのない、信じられるものが一つもない現実感の希薄な世界でもあったのです。県の財政が自動車産業に支えられ、多くの人が機械の操作に従事しているという特殊な事情も関係しているかもしれず、そうした無言の抑圧が不穏なイメージに駆り立てたとしても不思議ではないでしょう。
 長いロンドン生活の後に仙台郊外の松林に出会ったとき、志賀さんはそこに住むことを決意しました。それまでの世界各地でのレジデンス制作を止めてそこを足場にしたとき、現在、彼女が取り組んでいる、人間の営みの歴史をたどり直すかのような壮大なプロジェクトが幕を開けような気がします。人類学,哲学、民俗学、精神医学などの知識を吸収しつつ、その枠を超えてイメージを追求していくパワーに、いまは私がひれふしている番です。(2019.7.26)

7/13 静かな情熱に包まれた志賀理江子さんのカタリココ

    shiga_convert_20190717125038.jpg

 私が志賀理江子さんに注目するようになったのは、2008年に木村伊兵衛賞を受賞したときのこと。これまでとはちがう写真家が登場したという印象は、「螺旋海岸」「Human Spring」とつづけて見ていくうちにますます深まっていきました。
 写真には大きく分けてTAKE とMAKEの要素がありますが、志賀さんは最初からMAKE一筋できています。なぜ「撮る」ではなく「創る」なのか、そのイメージの源泉にはなにがあるのか、それがずっと気になっていました。
 というのは、私にとって写真の魅力とは撮り手を見知らぬ現実に引っ張りだしてくれることにあり、もし頭に描いたイメージを作るならば絵のほうがふさわしいだろうという思いがあったからです。
 結論から言うと、2時間ぶっつづけで話し、いまにいたる軌跡をうかがい、ようやく彼女が「創る」ことの必然性が理解できました。
志賀さんは子どものとき、自分のことをうまく言葉で説明できず、身体表現に惹かれて十代半ばまでクラシックバレエに打ち込みます。思春期を迎えてからだが変化し、どうやっても自分の求めるイメージを実現できないとわかったとき、家にあった親のカメラで弟を演出して撮ったのが、写真との出会いでした。ですから、最初から演出写真だったのです。
 演出しても完璧にコントロールすることは無理で、予測不可能な現実が写り込みます。それがわかってからは、イメージと現実との関係をさぐることが興味の中心になりました。
 とはいえ、当初はずいぶんと悩んだそうです。ボタンを押すだけで目の前のものが写せてしまう写真は、ほとんど「万引き行為」のようなもの。「予想不可能な現実」はあくまでも画面のなかの出来事で、いつまでたってもその中に入り込めないというジレンマに苦しんでいたのが、木村伊兵衛賞を受賞したころでした。
 この言葉を聞いて、そうだったのか!と膝を打つような思いでした。
 受賞の対象となったのは、『Lilly』 『Canary』 の2冊ですが、実を言うと私はこれらの写真集の意図がよく解りませんでした。不穏で、不吉で、呪いに満ち、「B級ホラー」といった批評家がいましたが、その言葉を否定できないような既視感もあり、どうしてこのようなイメージを生み出すのだろうと疑問に思ったのです。
 魅了されたのは、写真よりもむしろ彼女の言葉でした。授賞式の場で彼女が読み上げた、切実な声がみなぎった文章にノックアウトされたのです。
 当時、志賀さんはダークなイメージに惹かれ、抑えようとしても手が動いてしまう自分に悩んでいました。跪くような気持ちで生み出したイメージにもかかわらず、他者を使ってそのイメージを作ってしまう自分を咎めもし、引き裂かれた自己をなんとか一つにしたいと模索したあげくに、言葉に行き着きます。長いこと遠ざけていた言葉にこうして再会し、写真を撮りながら同時に記憶を探ったり、意識下に眠るものを掘り起こすという言葉の作業をはじめたのでした。 _convert_20190717125334.jpg
多くの写真家のように、カメラを手に目の前の現実に入っていくという選択をしなかったのは、愛知県岡崎の同じ住宅が建ち並ぶのっぺりした郊外風景のなかで育ったことが関係しているかもしれないと述べます。一見、明るくて闇のない安全そうな世界は、手応えのない、信じられるものが一つもない現実感の希薄な世界でもあったのです。県の財政が自動車産業に支えられ、多くの人が機械の操作に従事しているという特殊な事情も関係しているかもしれず、そうした無言の抑圧が不穏なイメージに駆り立てたとしても不思議ではないでしょう。
 長いロンドン生活の後に仙台郊外の松林に出会ったとき、志賀さんはそこに住むことを決意します。それまでの世界各地でのレジデンス制作を止めてそこを足場にしたとき、現在、彼女が取り組んでいる、人間の営みの歴史をたどり直すかのような壮大なプロジェクトが幕を開けような気がします。人類学,哲学、民俗学、精神医学などの知識を吸収しつつ、その枠を超えてイメージを追求していくパワーに、いまは私がひれふしている番です。(2019.7.26)